オタクが転生した結果

テンコ様

ここで一旦、ミュリエルの前世について触れておこう。

彼女の名前は山田晶子(やまだあきこ)38歳。何を隠そう、あの事故の原因となる長蛇の列を生んだ人気作家『テンコ』様である。

ベタなテンプレをしつこく繰り返すその作風が逆に面白いと評判になり、その地位を人気作家へと押し上げた。

恐ろしい程の鈍感力が、作風に現れている事にお気付きだろうか?

持ち前の天然さで(ことごと)くピントを外し場の空気を凍らせても、弄られキャラとして何故か全てを許され、人気を維持し続ける芸人がいる。

通常の感覚ならば、場の空気を凍らせた瞬間、その場から逃げ出したいと思うだろう。だが、天然と言う名の鈍感力でその場にとどまり続ける事で、彼らは弄られるチャンスを得るのだ。

彼女の作風は、それに通じる物がある。

テンコ様は持ち前の鈍感力を遺憾なく発揮してアンチコメントをスルーし続けていた。そしてベタなテンプレを繰り返した事で、そのチャンスを得たに過ぎない。それもまた才能なのだろう。

因みに、彼女は事故に巻き込まれた訳ではない。

テンコ様の活動休止は腰痛が原因だった。決して命に関わる物ではないが、長時間机に向かって作業する彼女にとって、腰痛は致命的とも言える病である。

活動休止中の2年間、彼女は地味に作業を進めていた。病状は一進一退を繰り返し、慢性的な運動不足とストレスによる過食から、体重が激増してしまう。そんな彼女の体内には、血栓と言う名の時限爆弾が潜んでいたのだ。

目の前に広がる地獄の様な光景に動揺し、彼女の血圧は急上昇した。そして時限爆弾が動き始める。パニック状態となった会場で、心筋梗塞を起こして倒れた彼女に気付く者はおらず、そのまま神の元へ行く事となったのだ。

ベタなテンプレを好む彼女は、迷う事なくヒロインになる道を選択した。

(これで私の未来は約束されたも同然だわ!)

彼女の中に『自分がヒロインではないかもしれない』と言う疑念は浮かばない。そんな予測を立てられる頭脳があれば、ベタなテンプレを繰り返す作風にはなっていなかっただろう。

そんな彼女にとって、ヒロインが大勢いたり、悪役令嬢がヒロインと化している状況は、完全に理解の範疇を越えていた。

そんな時、彼女はどうするのか、、

スルースキルをフル稼働させるのである。

そんなこんで、マルゲリット達の脅しは華麗にスルーされ、今に至っているのだ。
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