番犬として飼った彼は、オオカミでした
第二話
○真央の家・リビング(夜)
玲央と話し合いの末、リビングに戻ってきた。お父さんの説得が出来ないことには、何も始まらない。
真央「お父さん、私、海外に行きたくない。
今の学校辞めたくないし、しっかり卒業もしたい。玲央に番犬として一緒に住んでもらうなら、ここに残ってもいい?」
お父さんの目を真っ直ぐ見て、今の気持ちを精一杯伝えた。
真央(絶対に、日本に残りたい)
父「・・・真央。しかし、やっぱり・・・・・」
母「いいわよ!条件として、勉強をしっかりすること。玲央君、真央に勉強を教えてもらえる?」
まだ悩んで渋っているお父さんを見兼ねて、お母さんが、横からあっさりOKサインを出した。
月島家の主導権を握っているのはお母さんだ。お父さんは尻に敷かれているので、文句を言えない。
父「お母さん・・・、男と住むなんて・・・」
母「だって、真央だって、いきなり海外なんて可哀想でしょ?それに、玲央君は小さい頃から一緒にいて兄弟みたいなものじゃない?」
父「それは・・・、そうなんだけど」
顔を引き攣らせながら、納得していない様子のお父さんに、玲央が静かに近づいていく。
玲央「おじさん、真央の男関係なら、僕が調べておきますから。随時報告しますよ?」
柔らかな笑みを浮かべながら耳元で囁いた。お父さんの表情はパァッと明るくなり、深く頷いた。
父「分かった。玲央君に番犬を頼もう。真央に寄ってくる男がいたら、追い払ってくれ」
玲央「分かりました」
父「くれぐれも、玲央君が狼にならないようにね」
玲央「・・・大丈夫です。番犬ですから」
———こうして、玲央の策略通り、私は日本に残れることになった。しかし、条件付き。
番犬として幼馴染の玲央と、一緒に住むこと。
真央(日本に残りたい一心で、玲央の策略に乗ってしまったけど、冷静になって考えると、私、とんでもない提案に乗っちゃった?!)
すでに心の中で後悔するのだった。
———数週間後。
○真央の家(昼間)
父「それじゃあ・・・、行ってくる」
母「毎日じゃなくていいから、たまには料理して、栄養偏らないようにね」
真央「うん。お父さんとお母さんも、元気でね。本当に見送り行かなくていいの?」
母「タクシーで空港まで行くから。玲央君、真央のことよろしくね」
玲央「はい」
バタバタと時間は過ぎて、あっという間に、両親が海外に向かう日となった。一生のお別れじゃないのに、お父さんは涙ぐんで今にも泣きそうだ。
○真央の家・リビング
両親を玄関で見送ったあと、リビングのソファに2人で腰をおろした。
真央「・・・行っちゃった」
玲央「寂しいの?」
真央「そりゃあ、ね」
玲央「これからは、俺が番犬として一緒にいてやるよ」
笑みを浮かべる彼は、どこか上機嫌にも見える。
真央「・・・思ったんだけどさ、玲央の家は隣なんだから、番犬として一緒に住むのは。建前だけで別に本当に住まなくてもよくない?」
真央(お父さんは、海外に行っちゃったんだし、玲央が家に住まなくても、バレないんじゃ・・・?)
玲央「だーめ。俺はここに住むよ」
真央「な、なんでよ。玲央だって、私と住むより自分の家の方が良いでしょ?」
玲央「・・・どうだろうね?」
フッと鼻で笑いながら笑みを浮かべる。その横顔は、いつも見慣れているはずなのに、不覚にもドキッとしてしまった。
これから始まる同居生活への不安と、彼のイジワルに微笑む表情に、ドキドキと胸が高鳴るのだった。
♬〜
スマホの着信音が鳴る。
真央「あっ、爽太先輩から電話だ」
爽太先輩はサッカー部の人気者で、ずっと片思いしていた。ダメ元で告白したら、OKの返事が出て、少し前から付き合っている。
真央(爽太先輩から電話、嬉しいな)
真央「ちょっと、部屋で電話してくるね」
そう言い残して、リビングから立ち去ろうとすると、手首をグイッと掴まれた。
玲央「だーめ。ここで、電話に出て?」
手首を掴んだまま、柔らかな笑みを浮かべて甘く囁く。
真央「いや、なんでここで・・・・・」
玲央「『真央は、番犬代わりに男を飼いました。』って、先輩に言おうかな?」
私が言い終える前に、言葉を被せてきた。不敵な笑みを浮かべながら。
真央(こ、こいつ・・・・・・)
仕方なく、リビングのソファに座り直した。チラリと隣に視線を向けると、ニヤニヤと笑みを浮かべていた。
真央「・・・もしもし」
爽太「もしもし、真央ちゃん?今大丈夫?」
真央(爽太先輩だあ〜。電話の声もかっこいい。)
自然と口元が緩み、ニヤケ顔になる。
真央「は、はい。大丈夫です・・・」
爽太「暇だから、電話してみたんだけど」
真央「ひゃあ!!」
思わず変な声が出てしまった。なぜなら、私の膝の上に玲央が倒れ込んできた。下から私の顔を覗き込み、「つ づ け て」と口をぱくぱく動かした。
膝に感じるあたたかい体温と、下から感じる視線に、動揺せずにはいられなかった。
爽太「・・・なにかあった?」
真央「・・・い、いえ、な、なんでも」
今の状況に焦りまくりな私は、普通に喋ろうとしても、言葉が途切れ途切れになってしまう。
膝の上から振り落とそうと、体を無理やり動かすと、「こ え だ す ぞ」と口を大きく動かして、微かに聞こえる消え入りそうな声で囁く。
真央(『声出すぞ』って、先輩にバレてしまう。そんなこと言われたら、動けないじゃん、ずるい・・・。)
イジワルをしてくる玲央に、ドキドキしたくないのに、触れてる体が熱くなる。心臓の鼓動がうるさい。
爽太「・・・真央ちゃん?」
真央「だ、だいじょうぶ、で、ひゃあ!」
思わず口元を抑える。膝枕の状態から、腰に手を回されてぎゅっと抱きつかれている。
真央(なっ、なにしてんの?!)
怒りの感情と同じくらい、ドキドキと胸が高鳴る。
真央「先輩、す、すみません。番犬が・・・・・」
爽太「真央ちゃん、犬飼ってたっけ?」
真央(・・・しまった。玲央が自分の事、番犬って何度も言うから、それが移って、思わず番犬と言ってしまった)
真央「うちの馬鹿犬、躾がなってなくて、ちょっと躾してきます。すみません。では、また」
抱きつかれている温もりと、心臓のドキドキに耐えられなくなり、一方的に告げて通話を切ってしまった。
真央「ちょっと!玲央!」
玲央「先輩、どう思ったかな?」
電話を切って、膝の上に寝転がる玲央を振り落として立ち上がった。ようやく離れた彼は、ニヤリと口角をあげて笑っていた。
私は怒りを込めてキッと睨み付けた。
玲央「ごめん、ごめん」
睨みつける私を見て謝りつつも、「ははっ」と笑いながら謝る彼はちっとも悪びれた様子はない。
真央「ってか、なんかキャラ違くない?」
玲央「うん?今まで我慢してきたからな」
真央「・・・それってどーいう・・・」
玲央「もう我慢しない。ってか、我慢出来ねぇし」
私の顔を覗き込むと意地悪に笑った。
ご主人様の言うことを
全く聞かない番犬との生活は・・・。
———前途多難なようです。