番犬として飼った彼は、オオカミでした
第五話
○学校からの帰り道(放課後)
本当は爽太先輩と一緒に帰る予定だったけど、玲央に『番犬として同居していることを先輩にバラす。』と脅されたので、先輩との約束を断ることになった。
———————————————
今日の放課後、一緒に帰れなくなりました。
すみません。
———————————————
泣く泣く先輩に断りのメールを送る。その横で玲央は、鼻歌なんて歌ってご機嫌そうだ。
———————————————
了解、また都合が良い日に一緒に帰ろう。
———————————————
メールを送ると数分で返事が返ってきた。
真央(メールの返事まで優しい・・・)
ドタキャンになってしまったのに、怒ることなく理解してくれる爽太先輩の優しさに、感心しながらも、罪悪感でいっぱいになる。
玲央「彼氏に嘘ついて、真央は悪い子だね?」
真央「玲央のせいでしょ?」
いくら私が怒ったところで、彼にダメージを与えることはできない。歯がゆい気持ちを覚える。
○スーパーマーケット・食品売り場(放課後)
私は膨れっ面をしながら、買い物カートを無言で押していく。
玲央「・・・ご主人様、機嫌を治して?」
真央「誰のせいで・・・」
不貞腐れている私の顔を下から覗き込んで、謝る気もないくせに、申し訳なさそうな表情を浮かべる。玲央はなんというか・・・、ずるい。憎めなくて本気で怒れないのだ。
玲央「カレーは?なに肉派?」
真央「うちは・・・、お母さんのカレーはひき肉だったなあ」
真央(料理下手のお母さんは、カレーなら失敗しないって、よく献立に出てきたな・・・。)
玲央「じゃあ、ひき肉にしよう。お母さんのカレーが恋しいでしょ?」
真央「まだ離れて2日目だよ・・・」
玲央「まあ、俺がいるから寂しくないか」
真央「また、そう言うことを軽々しく言わないように・・・・・・」
———って、人の話なんて聞いちゃいない。
私の言葉なんてまるで聞いていなくて「これも欲しい!」「これも買うかな」と、子供のようにはしゃいで買い物をしている。そんな玲央の姿を見て、クスッと笑ってしまった。
○真央の家(夕食前)
帰宅すると、手洗いうがいをして、スーパーで買ったものをテキパキと手際よく冷蔵庫やパントリーに閉まっていく。驚くくらい手際よく作業するので、少しだけ見直した。
真央(家でもやってたのかな。手際が良い)
玲央「真央は休んでていいよ。俺、パパッと作っちゃうから」
真央「・・・ありがとう」
私は料理が苦手だ。下手に手伝うと邪魔になる可能性もあるし、お言葉に甘えて休んでいることにした。
玲央はエプロンをつけて、慣れた手つきで野菜を切り、トントントンと一定のリズムでが聞こえてくる。
○真央の家(夕食)
玲央は手際よく料理してあっという間に、カレーが完成した。キッチンからは食欲をそそる良い匂いが漂ってくる。
玲央「ご飯、出来たよ」
真央「・・・ありがとう。わあ、美味しそう」
玲央・真央「いただきます」
真央「ん、美味しい。・・・・・・これ、お母さんのカレーだ」
真央(お母さんと同じ味のカレーだ・・・)
玲央「真央がママ恋しくなってるかなって、真央のお母さんにいつも使ってたカレーのルーの種類、聞いといたんだ」
真央「恋しくなんて・・・、なってないし」
玲央「そう?」
真央「でも、ありがとう。嬉しい」
まだ離れてから数日も経ってないけど、お母さんと同じ味のカレーを食べて、なんだか懐かしい気持ちになった。喜ぶ私の顔を目を細めて優しい顔で笑って見つめる玲央。
真央(こういうところは、いつもと一緒だ・・・)
玲央はなんだかんだ優しくて、人一倍気が利く。
○キッチン
真央「ご馳走様でした。私食器洗うね」
作ってもらった分、代わりになるかは分からないが食器を洗うことにした。
カレーの匂いが残る食器達を、泡立った洗剤で綺麗に洗う。食器洗いに集中していると、背後の気配に気付かなかった。
真央「わっ、びっくりした」
いつの間にか玲央は私の背後にピタッとくっついていた。距離が近くて、玲央の温度が伝わってくる?
真央「な、なに?」
内心はドキドキと動揺していたけど、平気なフリをして食器洗いを続けた。首元にふわっとした感触を感じた———。と、同時にチクリと軽い痛みも走る。
真央「いたっ」
慌てて痛みのする首元を手で押さえた。背後では玲央がニヤリと微笑んでいた。
真央「なにしたの?」
玲央「マーキング。他の男に取られないように・・・ね」
真央「マーキング・・・?」
嫌な予感がして、急いで洗面台の鏡で首元を確認すると、真っ赤になったキスマークが、くっきりとついていた。
真央「玲央!!!!なにしてんの!?」
玲央に渾身の睨みを効かせて怒ったが、玲央は気にもしてないような顔だ。
玲央「俺の印つけただけ、だけど?」
真央「なっ」
玲央「これじゃあ、先輩に会えないね?俺の印が消えるまで、真央はマーキングした俺のってことね?」
そう言うと、私の手を取り、優しくそっと触れた。その手つきが、あまりにも優しくて、文句を言うのを忘れるほどだ。
玲央「この手も・・・・・・、この足も・・・・・・、この顔も・・・・・・。全部、俺のね?」
真央「・・・なに、言って・・・」
玲央「先輩とキスした?」
その表情は今まで見たことがない儚げで目を離せなくなった。
真央「まだ・・・・・・、してないよ」
玲央「へぇ。じゃあ、俺が先にマーキングする」
綺麗な顔が近づいてきたと思ったら、軽く唇と唇が触れた。一瞬の出来事で抵抗することも出来ずに、唇は奪われた。触れたと同時に離れて、ほんの少し触れただけのキス。
思考が停止した私は、何が起きたのか頭が理解するのに少し時間がかかった。
真央「・・・・・・っ」
キスされたと頭が理解すると、顔が一気に熱くなる。
玲央「真央も、マーキングしたから、俺の・・・ね?」
私の唇に人差し指を当てながら、甘い声で囁いた。あまりにも甘く優しくて、文句を言うのを忘れていた———。