僕のお嬢
淡くシャドウを引いた眼差しを、泣きそうに歪めたのは都筑だった。開きかけた唇を一旦きつく結ぶと、無理やり口角を吊り上げる。

「・・・そんな口説き文句、いつ憶えたのかしら。あんまり安売りしちゃ駄目よ?」

「悪いけど初売り。佐瀬にも言ったことないから」

恨みがましく見上げた瞬間、抱えてるクッションごと力いっぱい抱き竦められ、息を忘れたあたし。

ハグはある。じゃれて抱き付いたりもある。これがそういうんじゃないのは肌で感じてた。もっと切羽詰まって、堪えて、煮えたぎるマグマを抑えこんでるみたいな。

「・・・本当に嫌ね、この私を泣かせるなんて」

耳許にくぐもった低い声。

「待ってなさいね。・・・いつか必ず、組の看板かかげられる家をお嬢にプレゼントするわ。庭付きで池もあって、縁側でお花見ができる、古くて味のある家」

「・・・うん。待ってる」

そうだね。今はアパートが建って跡形もないおじいちゃんの家には縁側があって。月見に花見、雪見、みんなただの酒好きだったっけねぇ。

もうどんなに願っても、あの頃には戻れないけど。それでも。

「それまで私は死ねないのよ」

「うん」

「死ぬ時はお嬢も一緒に連れて行くことに決めたわ」

「よかった」

「・・・少しは嫌がりなさい」

困ったように笑った気配がした。
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