僕のお嬢
「・・・口紅移っちゃったじゃない」

恐る恐る視線を吊り上げていけば、可笑しそうにしながら都筑の指があたしの口の回りを拭う。

「私を呷るなんて百万年早いのよお嬢。帰ったらきっちり、落とし前つけてもらうわよ?」

片手をひらひら振り、流れた妖艶な微笑みが閉まるドアの向こうに消えた。

時間差で襲われた恥ずかしさに、頬が火照ってうずくまる。

「落とし前ってなに?もう・・・っ」

なんか負けた気しかしない。心臓がうるさい。

「都築のバカぁ・・・。あんなキス、反則だからねぇぇ」






・・・背中越し、切なげなお嬢の声が聞こえた。片手で口許を覆ったままドアに張り付いてた僕。可愛すぎて死ぬ。

深呼吸すると音を立てずに足を踏み出す。六月の空気は中のシャツにしっとり熱が籠る。今日は暑いな。額の前で手をかざし、陽射しを遮った。

向こうは憂鬱なくらいもっと蒸し暑い。さっさとケリ付けて戻ろう。戻ったら。どうしてくれようかな。僕のお嬢は人の気も知らないで全く嫌になる。

「反則はどっちなんだか」

一方通行の路地をパーキングに向かって歩き、ひとりごちる。

「帰ったらお仕置きかしらね」

黒のミニバンに乗り込みエンジンをかけた。バイザー裏のミラーで口紅を引き直す。さあ行こう。

この手で何もかも取り返すまで。
僕のすべてはお嬢の為に。




Fin
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