都市夢ーとしむー
その7/手紙



午後4時半すぎに日下の事務所を沢井が去ったのと入れ替わるように、日下弁護士事務所には事務補助員の中原あやが戻ってきた。

「わー、先生ー、すいません。遅くなっちゃって…。郵便局の窓口、えらいトロイのに当たっちゃったんですよー。…あれ?沢井さん、もう帰っちゃったんですか?」

「はは…、ほんの数分前だった。ああ、もらったみやげ、そこに置いといたから。俺、和菓子系苦手なんで、あやちゃん、全部どうぞ」

「えー!いいんですかー?わー、嬉しい~。私、あんこものに目がないんですよ。じゃあ、遠慮なく。でも、太ったら先生のせいですよ」

日下はクスクスと笑っていた。

...


「じゃあ、さっそくいただこうかな。今、お茶入れますね」

彼はあやのことをとても気に入っていた。


士業の女性スタッフは、決して定着率が良くない。
日下事務所も15年近くで、数え切れないほどの人の入れ替わりがあった。
大半は新規雇用3か月以内で辞めていったのだ。

”士業事務所の女性応募は実際、引く手数多だ。だが、中途半端に法律をかじった女史連中は、結果としてこっちの望むポジションの仕事を勘違い、若しくは本人の捉えるとことのミスマッチで去っていく。なら、あやちゃんのノリの方がはるかに助かる”

加えて、日下は彼女のいれる濃いお茶が大好きだった。

...


「そうですか!じゃあ、明日の夕方はまた沢井さんいらっしゃるんですね?」

「まあ、他に二人連れてくるし、かなりこん詰めた話になると思う…」

「ええ。心得えてますよ、先生。…さあ、今日は新しい彼とデートだから定時で失礼しますので、机の上の処理、端折って片付けなきゃ…」

そう言って中原あやは、まだ善光寺あんころモチを口の中にほおばりながら、応接室をそそくさと出ていった。

...


応接テーブルに置かれた白い定形サイズの封筒…。

”日下辰巳様”…。
日下は、その毛筆で記された自分の名と、しばらく睨めっこ状態だった。

言うまでもなく、長野在住の浅間ユイが”暗者”の立場から、沢井に授けた日下辰巳あての手紙であった。

そして目の前の封筒を手に取って、中からとりだした手紙を日下が目を通したのは、あやが退社して20分ほど経ってからだった…。

”これは…!”

便せん8枚に渡る浅間ユイからの”手紙”を7割がた目を通したところで、日下は無言で絶叫した。
日下にとって、その8枚の便せんは、手紙という形をした嘆願訴状・檄文と言えた…。





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