新そよ風に乗って 〜慈愛〜
左手をポケットに入れたままのポージングは、まるでモデルそのものだった。
クルッと回って! 高橋さん。 心の中で、そう叫んでお願いしている自分がいた。
昔、モデルをしていたと聞いたことがあったけれど、やっぱりその片鱗を垣間見ることが出来た。私の知らない、高橋さん……。
「どうかなさいましたか?」
エッ……。
「あっ。いえ、な、何でもないです」
いきなり流暢な日本語で話し掛けられたので、驚いて屈んでいた姿勢から直立不動になって振り返った。
「ごめんなさい。驚かせてしまいましたよね」
「い、いえ、そんなことないです」
「お連れの方ですか?」
「あっ、はい。あの、日本の方ですか?」
ネームプレートを見ると、ATSUKOと書いてあった。
「はい。そうです。スーツ、よくお似合いですよね。お兄様ですか?」
お兄様?
「あの、いえ……違います」
「ごめんなさい。勘違いしちゃって。こっそり見られていたので、てっきりご家族の方かと思ったものですから。それならば、一緒に見て差し上げたらよろしいのに。どうぞ、こちらに」
「そ、そんな、いいです。私は、あの……」
無理矢理、店員さんに高橋さんの居る壁面の試着室の方に連れて行かれてしまった。
すると、試着を終えて着替えた高橋さんがタイミング悪くドアを開けて出て来てしまい、目の前に立っていた私を見て目を丸くした。
「どうした?」
「い、いえ、その……」
「試着されていらっしゃるのを遠くから見られていたので、お連れしました」
「そうでしたか。ありがとうございます」
「私、てっきりご家族の方だと勘違いしてしまいまして、失礼なことを……ごめんなさい」
「失礼なこと?」
店員さんの言葉に、高橋さんが聞き返した。
「隠れるように見られていたので、てっきり私は妹さんかと……」
「そうでしたか。どうぞお気になさらず。妹のようなものですから」
高橋さん……。
妹のようなものなの? 
高橋さんにとって、私は妹のような存在。
「お前。それ買うのか?」
「えっ? あっ。えーっと……迷っているので、ま、また今度にします」
「いいのか?」
「は、はい」
私は、妹のようなもの。
「お客様は、そちらのスーツは」
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