新そよ風に乗って 〜慈愛〜
高橋さんは、買うのかな?
でも、この先ずっとこのスーツを着ている高橋さんを見る度に、このことを思い出してしまうのかな?
「あの、私、これ元の場所に戻してきますね」
「お客様、結構ですよ。こちらで……」
「まだ、向こうで見たいものもありますから」
会話の途中だったが、その場を離れてキープしていたバッグが置いてあった元の場所に急いで戻しに行くと、そのままショップから出た。
『どうぞお気になさらず。妹のようなものですから』
ショップを出ると、目の前を手をつないで楽しそうに歩いているカップルが通り過ぎた。
いいな。羨ましく思う。
自分の右手を左手で掴みながら、アウトレットに来てからのことを思い出す。
高橋さんと手をつないで歩きたい。
でも、そんなこと恥ずかしくて言えないもの。
多くを望んじゃいけないと言い聞かせるように深呼吸をしてショップを振り返ると、まだ高橋さんの姿は見えなかったので、ショッピングの邪魔をしてはいけないと思い、声を掛けずに気分転換にトイレに向かった。
確か、トイレは……。
あれ?
思っていた場所にトイレはなく、慌てて近くの案内板を見て1番近いトイレへと向かった。
ついでにメイクも直してトイレから出ると、何だか見慣れない場所に出てしまった。
あれ?
さっき、トイレに入った場所とは違う?
周りをキョロキョロ見渡したが、先ほど来た道とは違っている。
ここ、何処?
もしかして、トイレに入ってきた時と反対側に出ちゃったのかな。それならこっちに行けば、さっき来た道に戻れるはず……あれ?
急いで戻ってみたが、トイレと平行して歩いていると思っていた道は、想像していた所には出ずに3方向に道が分かれていた。
さっき、どの道から来たんだったっけ?
落ち着いて、考えなくちゃ駄目そうだ。そう、案内板だ。
もう1度、案内板を見ようと思って案内板を探したが、こんな時に限って直ぐに案内板が見つからない。
キャッ……。
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