新そよ風に乗って 〜慈愛〜
「でも……」
「出張中に、風邪でもひいたら大変だ」
高橋さんに制止されて、思わずシュンとなってしまう。
すると、急に高橋さんが少し身体を屈めて視線を私と合わせると、悪戯っぽく笑いながら私のおでこを左手の人差し指で2~3回突いた。
「今日は昨日の疲れもあるだろうから、大人しくいい子にしてろ」
「はい……」
「いい子だ。my baby」
それは吐息ともとれるようなまるでとろけそうな声で、高橋さんはそう耳元で囁くと私の髪にキスをした。
その一瞬の行動に驚いて口を開けたまま固まってしまっていると、高橋さんは広い背中を見せたと思ったらガッと全開にドアを開けて、あっという間に部屋から出ていってしまった。
な、何?
今の……何だったの?
呆然とドアの閉まった音を聞きながら、急に腑抜けになったように玄関に座り込んでしまった。目を閉じると、先ほどの光景が目に浮かんでくる。思い出す度に、ジェットコースターに乗っている感じで胸がヒューンとなってしまう。こんな調子で、本当に16日間高橋さんと一緒に出張を共にすることに私の身体は耐えられるのだろうか? 寧ろ、身体というよりも心臓が持つのだろうか? もしかしたら、壊れちゃうかもしれない。そんなことを真剣に考えながら、高橋さんにからかわれているのか、驚かされているのかよく分からなくなっていた。仕事が出来てあんなにモテる高橋さんなのだから、きっとからかわれているだけなんじゃないかと思えてならない、高橋さんの読めない行動と深層心理。それでも、やっぱり嬉しい気持ちも少しあったりして……。昨日のことを心配して、わざわざ来てくれた高橋さんに感謝していた。でもその裏には、今日も高橋さんに会えて嬉しかったという、正直な気持ちも。もう私の心の全てを、高橋さんが占めているみたい。
それにしても、高橋さんの顔を見上げられなかった時、いったいどんな表情をしていたんだろう? 
高橋さんは……。
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