新そよ風に乗って 〜慈愛〜

猜疑心

出発の日。
「バゲージ2個……。その荷物、南極にでも赴任するつもりか?」
「えっ? そ、そんなつもりじゃ……。これでも、泣く泣く凄く減らしたんですが……」
「……」
明らかに高橋さんは驚いて呆れた表情をしていたが、それ以上は言われなかったので良かった。
空港に着いて、出発ロビーで搭乗手続きをとる。でも、此処で高橋さんとは暫くお別れ。何故ならば、それは管理職と平社員との違い。高橋さんは、ファーストクラス。私は、エコノミークラス。ファーストクラスとエコノミークラスの差よりも、同じ飛行機に乗っているのに席が離れてしまうのが凄く寂しい。でも、これが現実……仕方のないこと。
バゲージは、家で計った時でも目一杯23gギリギリだったからかなり不安だな。もっと、バゲージの重量があっても大丈夫な高橋さんが羨ましい。でも、それだけ仕事も大変なんだから当然と言えば当然のこと。
「やるからどいて。危ないから」
「す、すみません」
カウンター手前でカートからバゲージを下ろす一連の作業を、手慣れた手つきで高橋さんが全てやってくれた。
「高橋さん」
バゲージをカートから下ろした高橋さんが、私の声に振り返った。
「あの、私のeチケット頂けますか? 私、カウンターが違うので向こうで手続きをしてきますから」
バゲージに手を掛けて高橋さんにそう告げたが、高橋さんは私のバゲージも一緒にファースト・ビジネスクラス専用カウンターの前で、カウンターの女性にeチケットを差し出した。
ちょ、ちょっと困る。
「高橋さん。私は違……」
「ああ、いいからこのままで」
エッ……。
いいからこのままでって、そんなこと言われても。
「パスポート貸して」
「えっ? でも……」
「はぁやぁくぅ」
「は、はい」
言われるまま、慌ててバッグからパスポートを出して高橋さんに渡すと、高橋さんは自分のパスポートと一緒にカウンターの女性に渡した。そして、カウンターの女性が私のバゲージを計量台の上に載せようすると、高橋さんがバゲージをカウンターの計量台に載せてあげていた。
あっ。バゲージ2個とも23 kg超えてない。良かった。ギリギリセーフ。
「申し訳ございません。恐れ入ります」
カウンターの女性は、重量を確認するとそのまま便名ステッカー・タグをバゲージの括り付け高橋さんのバゲージも同じようにステッカー・タグを括り付けると、そのままバゲージを奥へと流してしまい、保障シールを2枚ともeチケットの裏に貼ってしまった。
ちょっと、待って。私の手続きは、此処じゃない。バゲージだって……。
「高橋さん」
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