新そよ風に乗って 〜慈愛〜
高橋さんは、涼しそうに微笑みながらそう言った。
雰囲気? って……。
駄目だ。その微笑みに胸がキュンキュンしてしまう。きっと今、顔真っ赤になっているはず。高橋さんに、真っ赤になってる顔を気づかれないように後ろを向いて窓カバーを上げて外を見た。
うわぁ、綺麗。真っ青な空だ。雲が下に見える光景……素敵。
ああ、これが高橋さんとの新婚旅行だったらいいのにな。勝手な妄想を膨らませる。きっと凄く楽しい新婚旅行で色々な所に行って、一緒に並んで写真も撮って……。
ウフッ。
想像していたら無意識に顔がにやけている気がしたが、なかなか現実に戻れない。高橋さんと、新婚旅行に行きた……。
「悪いけど、俺はその気ないから」
エッ……。
突然、高橋さんの声が聞こえた。
嘘。
も、もしかして今……私、声に出して言っちゃってた?
恐る恐る高橋さんの方を見ると、バッチリ目が合ってしまった。
うっ。
その目は冷酷で何も映していない、漆黒の瞳。冷たいとしか感じとれない表情。どうしよう。高橋さんと、新婚旅行に行きたいなんて口走ってしまった。そして、それは見事に断られて……。
ジワッと、涙が浮かんできたのがハッキリと分かる。高橋さんにとって、きっと私は仕事上の上司と部下の関係でそれ以上のものはないんだ。錯覚していたのかもしれないが、それでもその上司と部下の関係を僅かながら超えられそうな期待を持っていたのに。でも、ここまでハッキリ言われてしまうということは、高橋さんには私の気持ちはただ迷惑で重いだけなんだ。ただ迷惑で、重いだけ……。
高橋さんに涙を気づかれないよう、静かに窓の方を向いて窓に顔を近づけるだけ近づけた。その後、2度目の機内食が運ばれて来たが、殆ど手を付けずに眠ったふりをして、恐らく高橋さんが代わりに貰ってくれたであろう、お茶がテーブルの上に置いてあったけれど、トイレに行きたくなっても困るので手を付けずにずっと目を瞑っていた。そんな私を知ってか、知らずか、高橋さんも必要以上のことは、話し掛けて来なかった。12時間半のフライトは、やはり長い。しかし、帰りはもっと長く14時間10分。高橋さんとシートも隣同士で嬉しかったはずのフライトの半分が居心地の悪いものになってしまい、苦痛にすら感じられた。
ふと、シートベルトを外す音がして、高橋さんが席を立った。トイレにでも行ったのかなと思いながら、ずっと同じ体勢でいたので肩というか体半分が痺れているような痛みを覚え、高橋さんが戻ってくるまで伸びをしたり、座ったまま足首を回したりして解していた。
出張初日から不穏な空気が漂ってしまい、嬉しさ一杯だった出発前の薔薇色ムードから一変、グレーモードに変わってしまって気が重い。
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