天才ドクターは懐妊花嫁を滴る溺愛で抱き囲う
その後、噂を聞きつけた看護師たちから棘のある視線を浴びながら定時の午後五時で仕事を終えた羽海は、彗を待たずに自分の家へ帰った。
彼が嘘をつく理由などないのはわかっているが、あの言葉を鵜呑みにはできなかったのだ。
階段を上がって自室のドアを開けると、中はもぬけの殻。ベッドもドレッサーもデスクも、クローゼットの中にもなにもない。
やはり彼の言っていた通り、すべて運び出されてしまったらしい。
すぐに電話で祖母に抗議するも『その方がおばあちゃんも安心できるわ』と嬉しそうに言われ、さらに明日からバリアフリーのための工事が入る予定で、しばらく住めないと告げられた。
「ちょっと待って、工事っていつの間に頼んだの? どうしてひと言も相談なく……私はどうしたらいいの?」
『だって入院中にリフォームした方が効率がいいでしょう? 多恵さんが手配してくれたのよ。彼女、介護ホームなんかもやってて、業者さんに顔が利くからって。羽海ちゃんは彗さんのお宅へ行くわけだし』
「いや、だからね、その御剣先生の家に行くっていうのを了承してないって言ってるの」
『物は試しって言うじゃない。無理やり結婚させようだなんて思ってないのよ。ただ、今あの家で羽海ちゃんひとりにするのは心配なの。多恵さんのお孫さんならおばあちゃんも安心だし』
「それはわかるけど……」
『多恵さんも美人でテキパキしているけれど、彗さんも素敵だったわねぇ。お医者さんとしても優秀だそうだし。イケメンって言うんでしょう? うふふ、いいわねぇ。茂雄さんも昔はそれはそれはハンサムでねぇ』
昔から彼女はこうだった。お嬢様育ちの貴美子は、穏やかでおっとりしていて、声を荒げることは滅多にない。
しかしマイペースゆえなのか、自分がこうだと決めるとそれを貫き通す意思が強く、そうなってしまえば梃子でも動かない。