私のボディーガード君

知らない男

※※※

 34歳の誕生日の夜は付き合って一ヶ月の彼と老舗ホテルのバーにいた。
 彼と交際が一ヶ月続いた事が嬉しい。

 ニコニコと隣に座る彼の横顔を眺めると、さっきまで笑っていた顔が強張っている気がする。

 どうしたんだろう?

妃奈子(ひなこ)さん、もう、これ以上は無理だ。別れよう」

 ……別れる?

 だって、私たちこの一ヶ月上手くやってきたじゃない。私の事、好きだって言ってくれたじゃない。
 そう喉元まで込み上がってくるけど、飲み込んだ。

 やっぱりこの人も私に愛想が尽きたんだ。
 そうだよね。こんな交際無理だよね。

「わかったわ。別れましょう」

 私には引き留める権利はない。別れると言われれば終わりにするだけ。
 私の言葉に眼鏡の奥の瞳が悲しそうに見てくる。

 なんでそんな顔をするのよ。泣きたいのはこっちなのに。

「じゃあ」

 スツールから立ち上がった時、「待って」と腕を掴まれたのは予想外だった。私に触れる事は禁忌(タブー)だと言ってあったのに……うっ、鳥肌が。

「は、放して」
「嫌だ。やっぱり別れたくないんだ」

 腕を握る手に力が入る。とても振りほどけない。脈が速くなる。胃もムカムカして気持ち悪い。このままではマズイ。

「ずっと妃奈子さんに触れないように我慢していたが、大丈夫じゃないか」

 全然、大丈夫じゃない。
 胃液がこみ上がってくる。

 逃げようとしたら、スツールから立ち上がった彼に抱きしめられた。
 きついコロンの香りにますます気持ち悪さがこみ上げてくる。

 もうダメ。限界。

 次の瞬間、彼ご自慢のハイブランドスーツの胸元は私が戻した物によって汚れた。

「うわっ」と声をあげた彼に押されて、ふかふかの赤絨毯の上に尻もちをついた。
 胸がムカムカして、すぐに立ち上がれない。

 そんな私を置いて逃げるように彼はバーを出て行った。

 なんて惨めなんだろう。
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