私のボディーガード君

安全な場所

冬休みに入って2日目。
今、千葉県の房総半島の最南端にある野島崎灯台にいる。

明治2年にフランス人によって設計された国内最初の西洋式8灯台のひとつだけあって、八角柱の形をした白い灯台はどこか洒落た雰囲気がある。高さ29メートルの灯台内には螺旋階段があり、展望デッキまで行く事ができるそう。

三田村君に連れられて、階段を上って、展望デッキに出た瞬間、勢いよく風が吹いた。潮の香りがする冷たい風だったけど、景色が素晴らし過ぎて少しも寒さが気にならない。

「うわぁ――! 綺麗!」

目の前には快晴の空と紺碧の太平洋が広がっている。
子どもみたいに飛び跳ねて喜びを表現したくなるほど、感動で胸がわくわくする。モヤモヤしていたものが一気に吹き飛んだ。

「妃奈子さん、叫ぶと気持ちいいですよ」
隣に立つ、黒いチェスターコート姿の三田村君が言った。

「叫んでいいの?」
三田村君がキョロキョロと周りを見る。

「誰もいない時は大丈夫です」
「わかった」

よし、叫んでやる。

浅羽の……

「バカー! 私のフレンチディナー返せ―!」

お腹から出した大きな声が太平洋に吸い込まれていく。
嫌な事は全部、海が飲み込んでくれるみたいでスッキリする。

「太平洋―! ありがとうございました!」

三田村君が私の叫び声を聞いてぷっと笑う。

「なんですか。そのかけ声は」
「私の愚痴を聞いてくれた太平洋にお礼が言いたくなっちゃって」
「妃奈子さんって、そういう所が」

三田村君が言葉の先を飲み込んだ。

「何よ?」
「いえ、何でも」
「わかった。そういう所がバカっぽいって言いたいんでしょ?」
「違いますよ。可愛いって思ったんです」

ニコッと微笑んだ三田村君に胸がトクンって高鳴る。

女性が苦手と言いながら三田村君は嬉しくなる事ばかり言ってくれる。議員秘書には要注意なのに、真に受けそう。
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