転生悪役令嬢と転生完璧王子は攻略対象の性癖をぶっ壊すことにしました。
 
 うそよ、と小さく呟く。
 地味で艶の少ない黒髪。鈍い色の青い目。
 ガリガリに痩せ細った骸骨のような顔。
 それなのに似合もしない真っ赤なドレスを着て、自分を着飾っている少女。
 
「ラルナ・胡蝶……!」
 
 ――攻略対象が全員ヤンデレのホラー感激強めの乙女ゲーム『鎖で繋がる愛の部屋』。
 ヒロインを助けるサポート役、ラルナ・胡蝶侯爵令嬢。
 崇拝型ヤンデレの第三王子カイン・ルフェリア・藍桜の婚約者で同級生。
 ヒロインがカインと惹かれ合うと、悪役令嬢に転身。
 親友の位置を使って猛烈な妨害と敵対を表明して権力まで使ってカインを自分のものにしようとする。
 まあ、婚約者だし。
 当たり前と言えば当たり前。
 が、ヒロインが他の攻略対象と結ばれるとヒロインを崇拝した状態のカインと結婚する羽目になる。
 エンディングの記述はないが、プレイしながら「王子とはいえこんなヒロイン大好き男と結婚ってガチでキツくない?」と思ったのを覚えている。はっきりと!
 まずい、まずい、なにかどうしてどうなってるの、これ?
 私、確か缶ビールを五本空けてそのままお風呂に――。
 
「………………死んだ?」
 
 死んだかも。
 え、これまさか転生ってやつ?
 確かにお風呂の中でもプレイしていたけど、『鎖で繋がる愛の部屋』。
 嘘、嘘でしょ?
 どうしよう、なにか……どうにかあの第三王子と婚約破棄する方法を――!
 
「待てよ」
 
 鏡を見直す。
 ヒロインの可愛さを引き立てるために、痩せ気味のほっそり不健康気味女子にデザインされたラルナ。
 よくみれば、まだ子どもだわ!
 部屋も多分自室。
 でも、このドレス姿は多分これからどこかへ行くんじゃ……。
 
「ラルナ! 出かけるわよ! ぐずぐずしていないでさっさと来なさい!」
「ひいっ!」
「なによその情けのない声は! 早く馬車に乗りなさい! ホンットにノロマで苛々させる子ね!」
「……は、はい。すぐに参ります……お義母、さま……」
 
 体が、口が、自動的に動く。
 ラルナの体に染み込んだ継母の恐怖。
 そうだ、あまりにも似合わないドレスだと思ったけれど、ラルナの服の趣味は継母の趣味。
 派手な金髪赤目の美女ソフィア。
 父の後妻で、浪費家。
 男遊びも激しく、どうしてこんな女を後妻に迎えたのか……。
 私へのいびりも父は見て見ぬふり。
 体を震わせながら、慌てて馬車に乗る。
 馬車の中ではこの女と二人きり。
 ラルナの記憶が蘇る。
 服の見えないところにある、この女に鞭打たれた痕がジクジクと痛む。
 
「いい? 城に行ったら第三王子カイン様にご挨拶するのよ。お前は魔力が高い魔女の家系の長女。魔法薬を作れると言えば必ず婚約者になれるわ」
「ま、まほうやく……」
 
 そういえばそんな設定があったな。
 魔法薬を使って攻略対象の好感度などのステータスを、一時的に見られるようにする……的な。
 
「今はまだステータスを一時的に見られるようにする[鑑定薬]だけだけれど、これからもっと勉強してポーションや魔力ポーションも作れるようになります、と言うのよ」
「っ、は、はい」
 
 だめ、むり、怖い、逆らえない。
 見下ろされたら俯くしかない。
 ああ、ラルナって……ラルナってこんな生活していたんだ。
 こんな惨めで、切ない、悲しい――。
 
 
 
 ◇◆◇◆
 
 
 
 俺の名前はカイン・ルフェリア・藍桜。
 攻略対象が全員ヤンデレのホラー感激強めの乙女ゲーム『鎖で繋がる愛の部屋』。
 崇拝型ヤンデレの第三王子だ。
 なんで乙女ゲームの話を知ってるかって言われれば推しVtuberが実況プレイしていたから知っている。
 しかし、その推しもリアル彼氏バレして大炎上。
 俺もその時に一気に冷めて女性Vtuberを見なくなった。
 深いトラウマである。
 それならいっそ俺自身が女のVtuberになればいいのでは? と思ってパソコンを新調し、貯めた給料を切り崩して受肉の準備を進めていたところ酔っ払いに絡まれて以降の記憶がない。
 もしかして、死んだ?
 鏡に映るのはゲームで見た時より十歳以上幼いカインだけど、もしかしてこれが今流行りの異世界転生ってやつだろうか?
 よりにもよってヤンデレ乙女ゲームの『完璧王子』様とは恐れ入る。
 こういう場合、チート能力を神に授かり無双する系じゃないのか?
 まさかの乙女ゲーム攻略対象。
 知ってるゲームなのが幸いだけど、『鎖で繋がる愛の部屋』は攻略対象が全員タイプの異なるヤンデレだ。
 兄二人はもとより、宰相の息子と騎士団長の息子もヤンデレという国の行く末が心配でしかないクソのような乙女ゲー。
 これは藍桜王国の守護神が国の行末を案じて『完璧王子』の第三王子に俺を転生させたとしか思えない。
 余計なことしやがるなクソやろう。
 俺の美少女Vtuber計画が完全におじゃんじゃねーか。
 
「カイン様、ラルナ・胡蝶侯爵令嬢がお母様のソフィア・胡蝶様と共に城に到着したとのことです。そろそろ庭へご移動ください」
 
 部屋に入ってきたのは赤茶色の髪の美女。
 俺……カインの専属侍女でミラという女性だ。
 優しい笑顔で近づいてくるミラは、少し疲れたような顔をしている。
 
「わかりました。でも、初対面で婚約するのですか?」
「いえ、本日は顔合わせ。お茶会の目的は八歳になられたカイン殿下のお披露目です。先日魔力測定をされたでしょう? その結果が一斉にわかるので、歳の近い子どもを集めて側近を決めるんですよ」
 
 ああ、そうなんだ。
 側近かぁ。
 ゲームの中にいたかな? そんなやつ。
 八歳になる子どもが集められて、魔力量の測定を行われる。
 この世界に属性とかはなく、自分の性格との好みの魔法を習得するのだ。
 その前に、制御なども含めた教養を幼年学校で身につけるらしいけれど。
 
「失礼します」
「な、なんですか、あなたは!」
「第一王子カイル殿下と第二王子ルシアス殿下より、カイン殿下に贈り物をお持ちしました。本日のお披露目にはこれで出席されるようにとのご指示です」
「は!? なにを言っていますの!? お茶会まで一時間もありませんのに、お衣装の変更!? そのようなこと――!」
「国王陛下のお情けをいただいた侍女の子如きに、王妃様のご子息である第一王子殿下と第二王子殿下のご厚意を無碍になさると?」
「っ!」
 
 強気に出る従者が大きな箱を放り投げて置いていく。
 すげーえげつねぇ大人もいたもんだぜ、カインはこの間八歳になったばっかりだぜ?
 八歳のガキに堂々と「浮気相手の子どものくせに」って言っていくの大人としてどうなん?
 ちょっと呆れて言葉もねーなー。
 
「……ミラ、僕は気にしていないよ」
「し、しかし……こんな、こんな無体な……! たとえ母君の身分が低くとも、カイン様に王家の血が流れておいでなのは変えようもない事実ですのに……!」
「でも後ろ盾がないのは事実だし」
 
 しかも“カイン”の母は王妃に毒殺されている。
 侯爵家の令嬢であった王妃は王都の間に双子の兄弟を産んだ。
 それが第一王子カイルと第二王子ルシアス。
 王が風呂場で控えていた侍女に手を出して孕ませ、産ませたのがカイルである。
 そりゃあ、城の中でこういう扱いにもなるだろう。
 しかし、カインは乙女ゲーの中でメインの攻略対象としてトップに出演する『完璧王子』。
 まあ、ヤンデレだけど。
 つまりあらゆる能力が上の双子王子よりも優れている設定なのだ。
 そのおかげで幼少期からのいじめはどんどんエスカレート。
 自己肯定感がゴリッゴリに低く育ち、そんなカインを一人の人間として勇気づけるヒロインを神の如く崇めるようになるやべータイプのヤンデレと化す。
 残念ながら今は中身が俺なのでそうはならんけどな。
 
「それより、なにを寄越したのだろう? 着替えるのなら早くしないと」
「ほ、本当にお召しになるのですか?」
「まあ、ろくでもないのは間違いないだろうけれど、命令には逆らえな――」
「こ――これは!」
 
 蓋を開けると、そこにあったのは女物のドレスだ。
 ちょうど俺が着られそうなサイズ。
 既製品だろうけれど、王子しかいないのによく買えたな。
 それとも王妃の侍女が用意したのだろうか?
 だとしたら母親もグルだな。
 八歳のガキ相手に金のかかったいたずらするもんだぜ、まったく……。
 
「こんな……こんな……!」
「ミラ、鏡を持ってきて。ちゃんと靴やタイツまで入っている。せっかくだから髪も巻こう!」
「カイン様!?」
 
 中身が俺でよかったな、王妃。
 いや、残念だったというべきか。
 俺は美少女に受肉してVtuberをやろうとしていたアラサーオタクのサラリーマンだぞ?
 この程度でへこむと思ったら大間違いだぜ。
 髪も伸ばしててラッキー!
 
「ククククク……テメェの息子どもの性癖ぶっ壊してやるから楽しみにしてやがれよ」
「カイン様、鏡をお持ちしましたけれど……本当にお着替えされるのですか?」
「うん! お化粧もお願い!」
「お化粧!?」
 
 
 
 ◇◆◇◆
 
 
 
 溜息を飲み込む。
 ついにお茶会の会場に来てしまった。
 まずは第三王子カイン様にご挨拶しなくては。
 
「楽しみですな、カイン様は侍女の産んだ子といいますが、かなり利発とお聞きします」
「ええ、もう幼年学校三学年までの教養をお納めになられているとか」
「王国始まって以来の神童ではないかと先生方が話しておりましたわ」
「今日のお披露目で測定された魔力量の結果によっては、立太子もあり得るとか――」
 
 お茶会に来ているのは王子たちの婚約者候補の親だけではない。
 側近候補の親も来ている。
 彼らの話を聞いて、ソフィアが私に第三王子へ挨拶しろと言った理由がよくわかった。
 ソフィアはカイン王子が立太子されると思っているんだ。
 なんという抜け目のない……。
 しかし、実際は第一王子カイルが王太子になる。
 圧倒的な権力差を前に、彼は降下して公爵となるのだから。
 いや、どちらにしても王家の血筋と婚約したとなれば我が家は安泰……。
 侯爵令嬢の私は身分的に第一王子から第三王子まで、婚約者を選ぶことすらできる。
 でもそれは、身分の話。
 ガリガリに痩せたこんなブスを嫁にしたいと思う王子がいるわけない。
 婚約してからカイン王子が頻繁にお菓子を差し入れてくれるようになり、交友という形で胡蝶侯爵家でお茶会をして軽食も食べるようになってからはゆっくり標準に近づいていたけれど……。
 あれ? ラルナ可哀想すぎない?
 家では後妻にいじめられ、味方もいなくて孤立。
 食事も満足に与えられずガリガリに痩せて、身を案じてくれる心優しい完璧な婚約者との結婚はこの生活から抜け出せる希望だったはず。
 それなのにどのエンディングでもカインはヒロインを崇拝するし、ヒロインがカインと結ばれれば悪役令嬢として断罪され家からも『役立たず』として追放される。
 待って待って待って、可哀想すぎる。
 そんな可哀想なことある!?
 救いがないんですけど!?
 
「おお、いらしたぞ。王妃様と王子殿下方だ」
「っ」
 
 人の声に肩が跳ねる。
 薔薇のアーチから入ってきた豪勢なドレスの女性と自信に満ちた表情の男の子二人。
 間違いない。
 小さいけれど第一王子カイルと第二王子ルシアスだ。
 第一王子カイルは依存型。
 どんな時でも常にヒロインと一緒にいたがるヤンデレ。
 第二王子ルシアスは他社排除型。
 自分にしか頼れないように、周囲からヒロインを孤立させて独占しようとするヤンデレ。
 ……改めてこのゲームのヒロインも可哀想だな……マシな男が一人もいないよ……。
 そりゃ崇拝型の完璧王子カインがクレジットメインになるわ。
 ある意味一番ヒロインを尊重してくれる。ある意味。
 
「さあ、ラルナ。殿下たちにご挨拶を」
「――は、はひ」
 
 でも、やっぱりソフィアには逆らえない。
 目が笑ってないよ、怖いよ。
 侯爵令嬢の私から挨拶しないと、後ろがつっかえてしまう。
 震えながら歩を進めるけれど、緊張で目の前が暗くなっていく。
 このままじゃ倒れてしまうんじゃ。
 
「あ……」
 
 足がもつれる。
 まずい、本当に倒れる。転ぶ!
 そんなことになったらソフィアにまた――!
 
「大丈夫?」
「え……」
 
 美しい金髪と、可憐な桃紅色の瞳。
 ツヤツヤの唇と白い肌に、黄色いフリルのついた可愛らしいドレスのご令嬢。
 誰? すごく可愛い。
 
「ご、ごめんなさい。緊張してしまったの」
「そうなのね。でも大丈夫よ。先にわたしが殿下たちにご挨拶してくるから、そのあとなら緊張もほぐれていると思うわ」
「え? でも、侯爵家の私が一番に挨拶しないと……」
「身分が高い者から挨拶するのならわたしが一番よ」
「っ?」
 
 なにを言っているの?
 今この国には公爵家はなく、辺境伯の家の者もこの場には来ていない。
 私より上の家なんて王家しか――。
 あれ? そういえばカイン王子は?
 私は一番にカイン王子に挨拶をしなければいけないのに、王妃様の隣にいるのはカイル王子とルシアス王子だけ。
 美少女は私にここで待つように言って、踵を返す。
 すたすたと王子たちに近づいて、見事なカーテシーを披露しにっこりと微笑んだ。
 その花のような笑顔に、カイル王子とルシアス王子は骨抜きにされたように頬を紅潮させて見惚れている。
 
「カイルお兄様、ルシアスお兄様、そしてマリアンナ様。本日はお日柄もよく、お茶会の開催おめでとうございます。贈り物のドレスを着てまいりました」
「「「え?」」」
 
 硬直した王妃と王子たち。
 目を見開き、「こいつはなにを言っているんだ」と言わんばかり。
 しかしそれはこっちのセリフである。
 彼女の口ぶりから、あのドレスは王妃様と王子殿下たちが彼女に贈ったものらしい。
 王妃様と王子殿下たちから贈り物だなんて……本当にあのご令嬢は私よりも身分が高いのだ!
 案の定、周りの大人たちが「誰だ」「どこの令嬢だ」「胡蝶侯爵家のご令嬢ではないか?」「でも胡蝶侯爵家のご令嬢は黒髪ではなかったか?」とざわつき始めた。
 
「ドレスを……そ、そなた、ちゃんと名を名乗りなさい。名乗らないうちに挨拶などするものではありませんわよ」
 
 王妃様が扇子で口元を隠しながら注意する。
 少女は姿勢を正すと不思議そうに首を傾げた。
 
「まあ、わたくしのことはマリアンナ様もお兄様たちもご存じではございませんか。なによりこのドレスをくださったのは御三方ですわ」
「なにを言っているの? お前のことなどわたくしは知らないわよ」
「……っ! た、頼む! そなたの名前を教えてほしい! 私の名前はカイルだ」
「ず、ずるいぞ、カイル! 抜け駆けするな! おれの名前はルシアスだ! 君の名前を教えてくれ!」
 
 ああ……! すっかり双子王子が彼女の虜に!
 いや、無理もない。彼女はあまりにも美しい。
 まさしく完璧な美少女!
 一目惚れするのも無理はな――ん? 完璧な、美少女? 完璧?
 
「まあ、なんで名を聞かれるのかしら? お兄様たちもマリアンナ様もわたくしのことはご存じですわ」
「知らぬ。そなたのような美しい娘を、私は知らぬぞ!」
「うむ、どこかであったなら絶対に忘れるはずはない!」
「昨日のお夕飯でもお会いしましたわ」
「は? いや、そんなわけ――」
「本当におわかりになりませんの? わたくしですわ。カインです」
「「「カ――ッ」」」
 
 カ?
 
 その場の全員が、頭文字を呟いて、そして絶句した。
 カイン第三王子殿下?
 カイン王子?
 な……マ……な?
 ……え? どうするの会場のこの空気。
 驚きで出そうな声を貴族の矜持で必死に堪えてとんでもねぇことになってるよ?
 
「カイン、な、な、な、な、なんっ」
「お兄様方がこれを着てこいとおっしゃったのではありませんか。せっかくお兄様方にいただいたんですもの、全力を尽くさねば無礼というものですわ。ね?」
 
 ね? じゃ、ない。
 どうしてそこに全力を尽くしてしまわれたのか。
 
「お言いつけ通り。似合いますか?」
「「っ――――!」」
 
 その後、カイン様は「ふん」と鼻で彼らを笑ってお茶会会場をあとにした。
 確かに、私の緊張などどこへやらだし……お茶会はカイン王子のお披露目も魔力測定の結果もぐだぐだ。
 出オチの如く序盤ですべてを持っていったカイン王子は、『絶世の美少女王子』として瞬く間に噂になった。
 殺到しそうだった婚約の申し込みは私一人になり、私とカイン王子の婚約は想像を絶するほどあっさりと決まってしまう。
 
 
 
「……なんか変だ」
 
 数日後、婚約後初めての交流のために我が家にカイン王子をお招きしてお茶会を行った。
 その時は普通の男の子の格好だったけれど、ゲームの中のような儚げで穏やかな性格ではなく、どことなく自信家で好戦的な性格になっていたのだ。
 しかも、一人称『俺』だったし。
 
「もしかして……カイン様も私と同じ転生者……? 今度会ったら聞いてみよう」
 
 
 
 ◇◆◇◆
 
 
 
「え? そうだよ。ラルナも転生者だったんだ?」
「や、やっぱり!」
「へー、こんなことあるもんなんだな」
「そ、それはこっちのセリフ……っていうか、どうしてあんなことしたの!? 完璧王子のカイン様はあんなことしない!」
「仕方ないんだって。城の中で俺めちゃくちゃいじめられてるんだって。適当にやり返しておかなおと悪化するからさー」
「そ、それは……」
 
 さて、この黒髪で鈍い青色の瞳の女の子はラルナ・胡蝶。
 胡蝶侯爵家のご令嬢だ。
 ご令嬢というにはあまりにもガリガリ痩せぼっちで、健康が心配になる。
 というわけで本日の差し入れはカロリーの暴力、チーズコロッケバーガーとバターケーキ。
 さあ、たくさんお食べ。
 と、俺なりに婚約したご令嬢を労っていたところこの質問。
 なんと、ラルナも俺と同じ『鎖で繋がる愛の部屋』のプレイヤーだったらしい。
 急に侍女たちを遠ざけるからなんの話かと思ったら、だいぶまさかだな。
 
「けど、ラルナとカイン()が婚約するのはゲーム通りじゃん? なにそんなにキレてんの? あ、もしかしてカインが推しだった? だとしたら中身俺でごめんね」
「ぐうっ……いや、それは、まあ、事情を聞いたら、わかるんですけど。ただ、私はこのままだと下手をしたら悪役令嬢になるルートもあるから、不安で……」
「ああ、なるほどね」
 
 確か、ヒロインの親友役、ラルナ・胡蝶侯爵令嬢は平民出身のヒロインにも優しく接して懐かれる。
 彼女は自分の不運な生い立ちと、婚約者カインに与えられた優しさでヒロインを同情的な目で見るのだ。
 それはある意味『自分よりも可哀想』と思うことで保たれた優しさだった。
 それが瓦解するのが婚約者をヒロインに奪われるカインルート。
 無意識に見下していたヒロインに心の支えだったカインを奪われ悪役令嬢に転身する。
 ラルナの事情を知ればあまりにも不憫すぎて、カインの好感度上げを最初からやらないプレイヤーまで現れ始める始末。
 しかし、ストーリーイベントで結局カインはヒロインを神聖視するようになり、カインルートを攻略しなくてもヒロインを崇拝したカインとラルナは結婚する羽目になる。
 地獄すぎる。
 このシナリオ考えたやつは少し休んだ方がいい。
 病みすぎてる。
 
「まあ、でも中身は俺だし、大丈夫だろ。今のところゲームの強制力とか感じねーし、それならそれで俺は女装を続けよう」
「どうしてそうなるの」
 
 真顔で聞き返された。
 俺別に変なこと言ってないのに。
 
「ストーリー通りに進めばラルナは不幸にしかならないじゃないか」
「そ、それはそうだけど……」
「だろう? 俺が完璧王子じゃなく女装王子になれば、ヒロインは俺以外を攻略しようとするだろう。あの様子なら兄貴二人も女装する弟と関わろうとしなくなるはずだし、虐められなければ俺も快適に過ごせる。君も破滅エンドを回避できるし万々歳じゃないか」
「……く……」
 
 なんで不本意そうなんだ。
 あ、そういえば!
 
「納得いかないならさー、ラルナが持つ魔法薬で女体化の薬を作ってよ」
「あなた本当になに言ってるの!?」
「ストーリーの強制力もそこまでいったら無理ゲーでしょ?」
「くっ!」
 
 俺が女の子の体になってみたい、という興味本位で言ってるわけじゃないぜ?
 元々Vtuberとしてバ美肉予定だったんだから。
 本物の美少女になるのならなってみたい!
 好奇心!
 
「ねえ、ダメ?」
「ぐううううう……!」
 
 上目遣いでお願いしてみた。
 苦しむラルナのその表情は、間違いなく『推しのお願い、聞いてあげたい』って顔だ。
 クックックッ、あとひと押しだな?
 
「お願い。お弁当持ってくるからさ」
「……わ、わかりました。でも、ゲームには登場していないので研究から始めなければなりません。時間がかかります。数年単位をご覚悟ください」
「そっかー。まあ、期待しているよ」
 
 楽しみだなぁー。
 なにしろラルナ・胡蝶は物語で主人公がヤンデレども相手に正気を保ったり好感度を上げたり下げたり、ステータスを上げたり下げたりするアイテムを作れる“魔女”の家系。
 俺――カインのルートでは悪役令嬢だが、他のキャラのルートなら親友ポジ。
 しかし、その真価はハーレムルートで発揮される。
 主人公がラルナのカインへの想いを知りながら裏切り、カインを含める攻略対象たち全員を虜にするために彼女を騙していたことが発覚した時――ラルナはついに主人公へ毒を作る。
 魔女の毒。
 それを攻略対象たちとともにパーティーでラルナ自身へ飲むように仕向ける。
 魔女は嫉妬に狂い、親友に毒を守ろうとしたとして大勢が見守る中、なによりも愛してやまないカインに命じられて毒を飲む。
 非業の死を遂げるラルナは、呪いの言葉を吐きながら死んでいくのだ。
 だというのに、攻略対象はもとよりヒロインもヤンデレぶりを発揮してエンディングスチルはピンクのキラキラ、全員笑顔のイかれた画。
 ……なにがいいのか全然わからなかった。
 ただわかるのはゲーム内の、他者の感情にも肉体にも影響を及ぼせるラルナの魔法薬はどう考えてもチートだろう。
 ラルナ本人に、その意識はなくとも。
 だからきっと作るに違いない。
 俺はそれを、心の底から楽しみにしている。
 
 
 
 ◇◆◇◆
 
 
 
 ――カイン王子が私と同じ転生者だと知って早八年。
 十六歳になった私と彼は、ついにゲームの舞台となる貴族学園に入学した。
 目下、私の悩みは破滅エンド――ではなく……私が昨年開発に成功した『性転換薬』を悪用する婚約者のことである。
 
「きゃー! カイン様よ!」
「今日も可愛らしいわ〜」
「ラルナ様が羨ましい……本当に『完璧淑女』そのものですわ……!」
「え、ええ、はい。そ、そうですね。わたくしも負けように精進しなければ……」
「「「きゃーーー!」」」
 
 黄色い声を受けながら、その背に第一王子カイルと第二王子ルシアス様を従える第三王子カイン様が廊下を歩いていく。
 その見目麗しい光景に、男女隔てなく生徒たちは立ち止まってしまう。
 第三王子カイン様は、私の目から見ても完璧な淑女。
 制服は女性だし、長い金髪は地毛だし、張り出した胸もお尻も詰め物ではなく自前だ。
 そんな変わり果てた弟を嘆くことも止めることもなく、デレデレと両脇を固めて「今日も綺麗だよ」「世界一美しい」と賛美の言葉を送る兄二人の姿。
 宣言通り完全に性癖をぶち壊されている。
 可哀想にというべきか、これでハーレムルートはないな、と安心するべきなのか……。
 
「ラルナ、おはようございます!」
「お、おはようございます。今日も完璧ですね、カイン様」
「うふふ! そうでしょう? これもすべてあなたのおかげ! さ! 入学式に参りましょう!」
 
 もはやヒロインとの出会いすらする気がないのでは?
 いや、ゲーム通りにいかない方が私は助かるのだけれど。
 カインのおかげで私はソフィアから罵詈雑言や嫌がらせを受けても城に逃げることができるようになったし、生活にはまったく困らなくなった。
 研究所も与えてもらい、好きな勉強や研究を好きなだけできる。
 心の底から感謝しているし、敬愛している。
 中身がアレだけれど。
 
「ラルナ嬢は本当に天才だな。カインを女にしてしまうとは」
「カインはずっと体も女になりたがっていたからな! 俺たちも感謝しているぜ、ラルナ嬢!」
「あ、い、いいえ……。婚約者としてカイン様のお願いを叶えただけですから」
 
 カイルとルシアスに心の底から感謝の念を向けられて、こう答えるのには違和感しかない。
 なによ、婚約者のために婚約者を女にするって。
 私はいったいなにを言わされているのだろうか?
 私はいったい、なにを言っているのだろうか……?
 
「うおおおおおお! カイン様ーーー!」
「やば! 見つかった!」
「チッ! カイン、お前は先に講堂へ行くのだ! 入学式に遅れてしまうぞ!」
「ここは兄であり先輩である俺たちに任せろ!」
「ありがとうございます、お兄様たち♡ 行きましょう、ラルナ嬢!」
「は、はい!」
 
 大声で追いかけてくるのは騎士団長の息子、ツェールド。
 彼もまたカイル王子とルシアス王子同様、この数年でカイン様が性癖をぶち壊した。
 本来は攻撃型のヤンデレ。
 しかし、カイン様に性癖をぶち壊された結果、立派なただのストーカーに落魄れた。
 花束を抱え、正々堂々と追い回す。
 求婚を繰り返し、カイル様とルシアス様の結束を確固たるものにしたのは彼のカイン様への度重なる執拗な付き纏い行為の結果である。
 それにしても、スカート走りづらい!
 
「こっち! 近道しよ!」
「カイン様! 危ないです!」
「平気平気ー!」
 
 スカートをひらりと持ち上げ、木に登ってショートカットを図るカイン様。
 はしたない、と叫ぶよりまず「やっぱり中身は男の人だな」と思う。
 
「そーっとそーっと」
「カイン様、危ないです! 普通に行きましょう!」
「大丈夫だって――……わあああ!」
「カイン様!」
 
 カイン様が枝からずり落ちる。
 スカートの裾が引っかかり、地面には落ちなかったけれどこのままでは時間の問題だ。
 誰か、早く男の人を――そうだ!
 
「カイン様!」
「――!?」
 
 ポケットの中に入れていたグミ状の薬を噛み砕く。
 魔法で服装も男子制服に変えて、カイン様を抱えて塀を飛び越える。
 よかった、身体強化魔法も無事に使えたわ。
 
「カイン様、お怪我は?」
「え? あ、ラ、ラルナ……?」
「はい。この姿ならあなたを抱えて降りられると思ったので予備を食べました。さあ、講堂に参りましょう。下ろしますね」
「あ――」
 
 いわゆるお姫様抱っこ。
 まあ、カイン様は今ある意味正しくお姫様だしな。
 なんて考えながら下ろそうとしたが、廊下で新入生たちに見つかってしまった。
 甲高い「きゃーーーー!」という悲鳴に、カイン様は驚いたのか顔を覆ってしまう。
 
「カイン様、大丈夫ですか?」
「ず、ずる……」
「え?」
「ドストライクなんだけど……? え? うそ、ほんとに……? なんで、俺……男版ラルナにこんなにドキドキしてるの!? 性癖ぶっ壊された!?」
「え?」
 
 
 
 転生悪役令嬢と転生完璧王子が攻略対象の性癖をぶっ壊した話。
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