隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「『冷徹サイボーグ』か」

 部長はそう言うと、自嘲するようにふっと息を漏らす。

「なぜそれを聞く」

 部長は面白がるように、こちらに視線を向ける。

「だって、部長って本当は“人間らしい”じゃないですか。泥酔した私を助けてくれたし、ご飯はきっちり作るし、動物好きだし……」

 思い出せば、たった三日くらいのことなのに止まらない。
 猫を前にしたあの表情、猫とじゃれたくて猫じゃらし持参で野良猫と戯れようとしていた姿。
 なのに、会社では無表情で淡々と仕事をこなして、接客になったらまるでスイッチ切り替えたように笑顔で対応する。

「猫宮は、俺のことをそんな風に思っていたんだな」

「違いますっ! “冷徹サイボーグ”っていうのは、部署の皆がそう言ってますし、でも私はそうは思っていないので、どうしてかなあって」

「それが上に立つ立場の者としての、あるべき姿だからだ」

 間を置かずに、部長は淡々とそう答えた。

 かっこいい。やっぱり、部長は私の憧れの人だ。
 改めて、そう思う。

「ところで、猫宮、それ、お前の仕事か?」

 部長は不意に、私のパソコンの画面を指差す。

「はい、これは熊鞍さんに頼まれて――」

「それは本来、異動三か月目の新人にやらせる仕事ではない。俺がやる」

 部長は言うが早いか、自身ノートパソコンを取り出し共有フォルダから私の開いたのと同じ画面を開く。
 いつの間に見ていたのだろうと不思議になるけれど、私はあわてて部長を止めた。これは営業事務の仕事だ。

「部長、これは私の……営業事務の、やるべき仕事で――」

「営業事務も何も関係あるか。現に、猫宮は就業時間を過ぎても終わらせられていないだろう」

 ど正論すぎて、ぐうの音も出ない。

「それに――」

 部長はこちらを向く。

「俺は、ペットを会社に残しては帰れない」

 そのちょっとした笑みが悪い大人のようで、思わずドキリとなる。

「リードはきちんと持っていないとな。ふらりとどこかへ行って、帰ってこなくなってしまっても困る」

 言いながら、部長は私の手元の資料を基にデータ入力をしていく。
 私は目の前の画面を閉じ、次の資料の作成に取り掛かる。

「リードなんていりません。大体、私犬じゃなくて猫ですよ?」

 入力作業を開始しながら、そんなことを口走る。
 すると、隣からキーボードの音が止まる。「ほう?」という言葉と共に。

 思わず部長の方を向く。すると、部長は口元だけニヤリと意味深な笑みを浮かべた。

「それは、猫宮が自分が俺のペットだと認めたと、そういうことだな?」

 ギクリとするも、もう発言は撤回できない。
 私は、どうしても部長のペットになるしかないらしい。

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