隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「そんな、私、やってません!」

 熊鞍さんが叫ぶ。

「これを見てもそう言うか?」

 部長は、持っていたタブレットをこちらに向ける。どうやら、オフィスの監視カメラの映像らしい。
 映像では、私が席を立った隙に、熊鞍さんが私のデスクに座り、なにかをしている映像が映っていた。

「でも、私は――」

 熊鞍さんは声を荒げたが、部長がそれを遮るように静かな声を発する。

「足跡たどれは必ずわかる。偽善者ぶるのもいい加減にしろ」

「…………」

 部長の怒りを含んだ声に、熊鞍さんは黙ってしまった。
 そのまま唇に力を入れるように顔をゆがませる。彼女の目尻から、涙がそっとあふれだした。
 それでも部長は容赦なく、熊鞍さんを責め立てる。

「熊鞍、新人指導と称して自分の仕事を猫宮に押し付けたりもしてただろう。猫宮の仕事の速さに対する残業の多さは疑問視していたところだ」

 すると、熊鞍さんが目に涙をたっぷりためながら、叫んだ。

「偽善者ぶってなんかない! 私は店舗でだって常に優秀だったのに……。猫宮は学歴もない、実績もない、それなのにこの部署にのこのことやってきて、私の居場所を――」

「だがそれは、他人の足を引っ張っていい理由ではないだろう」

 部長は淡々と告げる。けれど、その語尾に部長らしい温かさを感じた。

「猫宮をこの部署に引っ張ってきたのは私だ。責めるなら私を責めろ。彼女に当たるのは筋違いだ」

 部長の言葉にはっとする。私は顔を上げた。
 顔を伏せてしまった熊鞍さんの目から、涙があふれだす。
 けれど、部長は私の顔を見て、目尻を幾分和らげた。

「……ごめんなさい」

 小さな震える声で、謝罪が聞こえた。

 仕事面で迷惑をかける気持ちはわからない。けれど、同情はする。
 熊鞍さんの気持ちは、分からないでもない。

 私自身、ここ(営業事務)にいる理由が分からない。
 部長が私をここに引っ張ってきたと言ったが、それはきっと、部下()を守るための嘘だろう。

「部長、あの――」

 私が口を開いたことが意外だったらしい。部長は一瞬目を見開くが、いつもの無表情にすぐに戻った。

「何だ」

「熊鞍さんは仕事のできる先輩です。私も苦痛を感じているわけではありませんし、だから私は別に――」

「今後、このようなことのないように」

 言いかけた私の言葉を遮り、部長が立ち上がる。

「猫宮、仕事に戻れ」

 部長はそれだけ言うと、会議室を出て行った。
 熊鞍さんの洟をすする音だけが響く。部長は、熊鞍さんには戻れと言わなかった。

「熊鞍さん、先に戻りますね」

 それだけ告げて、会議室を後にする。熊鞍さんは、顔を手で覆ったまま泣いていた。

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