隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 オフィスに戻ると、空気がピリついていた。
 奥に目を向けると、部長が帰社していた。

 皐月(さつき)洋邦(ひろくに)部長。
 二十八歳で東京本部の営業部長に抜擢され、今年で三年目になる彼は、他の社員とはまとう空気がまるで違う。
 カリスマオーラに加え、圧倒的な威厳を醸している。
 彼が大きく見えるのは、日本人男性の平均身長を超えたその体格のせいだけではないだろう。
 しかも、部長であるにもかかわらず、営業実績で彼の右に出るものはいない。
 客先ではにこやかな部長は、不愛想な社内での態度との変わり身の速さから、“冷徹サイボーグ”と陰で呼ばれている。

 皆は彼が怖いとか、何考えてるかわからないとかいうけれど、私は彼のことを尊敬していた。

 強い。

 異動して最初に、そう感じた。
 私の憧れの、強さを持った人だと、直感的に思った。

 仕事を一緒にしてみれば、それは間違いではなかったとすぐに気づく。

 淡々と仕事をこなしているように見えて、常に皆を見ている。
 間違いをすぐに指摘するのはもちろんのこと、うまくいかない営業に対し、怒鳴り散らすことなどありえない。冷静に、ただ問題点を淡々と洗い出してしまう。
 いつでも冷静で、心に波のない人。

 あんなふうに、私もなりたい。

 まだ異動して二か月だが、私の憧れであり、目標であり、尊敬する人物だ。

「猫宮」

 突然部長に名前を呼ばれ、背筋がピンと伸びる。
 部長はいつの間にか私のデスクの前にいる。

「はい」

 デスクに戻ると、部長は座った私の後ろからパソコンの画面をのぞき込んでくる。

「何か?」

 振り返ると、部長はじーっと目視で私の入力したデータを見ている。それからすぐに、「いや、いい」と体を起こした。

「仕事は慣れたか?」

 まさかそんなことを聞かれるとは思っておらず、慌てて「はい」と返す。

「そうか」

 部長はそれだけ言うと、自身のデスクへと戻っていった。

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