隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 キッチンから軽快な包丁の音が聞こえて、意識が覚醒する。目を開けばもうすでに日が昇っていて、けれど同時にしとしとと降る雨の音に気持ちがどんよりと暗くなる。

 泣いてしまった。

 一晩寝ても、その罪悪感と後悔は消えない。

 のそのそと起き上がる。昨晩はなかなか寝付けなかった。きっと、ひどい顔をしている。それでも、今日は仕事に行かなければならない。そもそも起きないと、また部長に心配と迷惑をかけてしまう。

 ふっと気合を入れて起き上がる。
 鏡で見た自分の顔が思ったよりもひどくて、苦笑が漏れる。腫れ上がったまぶたなんて、どうしたらいいのかわからないレベルだ。
 簡単にメイクをしても、それは消えない。けれど、私はこんなひどい顔を隠す術を知らない。
 世の女性はすごいな、なんて他人ごとに感じながら、自分にない技術で取り繕っても無駄なので、諦めてリビングダイニングへ向かう。

「おはよう」

 部長はちょうど、ダイニングにお皿を運んでいるところだった。スーツの上に、エプロンをしていた。いつもと同じように。

「おはようございます」

 言えば「ちょうどできたところだ」と、座るように促される。
 バッチリ目があったから、私の目の腫れにもクマにも気づいているはずだ。
 なのに、部長はびっくりするほどいつも通りだ。

 きっと、いつも通りを装ってくれている。
 昨日のあんな事があった後、何も聞かずに今までそっとしておいてくれたのも部長の優しさなら、きっと部長は今後も聞いてこないだろう。

 部長は、そういう人だ。大人だから、干渉しすぎない。その余裕と、包容力と、強さを、改めて自分もほしいと思ってしまう。

 けれど、同時に寂しくなった。

 ――聞いてくれればいいのに。

 そんなことを思ったのは、きっと昨夜、部長に甘えてしまったからだ。

 一人で強く立てる大人であるには、部長に寄りかかっていてはいけない。
 それなのに、部長には私のことを知って、共感して欲しいと願ってしまう。

 何一つ、成長できていない。
 むしろ、退化してしまっている。

 何にも動じない、何年も前からそこにある大木のように立っていたいのに、自分はまだ支柱に支えられなければ生きていけないヒョロヒョロのツル植物だ。

 強くあれ。
 部長に頼らずに。
 部長に寄りかかるな。
 一人で地に足つけて、立っていられるように。

 急いでご飯を掻き込んで、ごちそうさまと手を合わせる。

「猫宮、出るぞ」

「はい」

 身支度を終えた部長の隣、玄関で靴を履く。
 いつも通りに。いつもと同じ、心が穏やかになるよう努めて。

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