隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 色々と思い出しながら、会議室に彼をお通しする。
 彼が小さな会議室のソファに座った所で、ドア前で待機していた私は口を開いた。

「お茶をお持ちしますね」

「ああ、うん」

 何となく翔也お兄ちゃんの視線を追ってしまう。左腕に注がれている気がして、グレーのカーディガンの上からきゅっと握った。

「ごめん……小さい頃のことだけど、ずっと謝ろうと思ってて。こんなところで会えたから、きっと謝れってことなんだと思って……」

 ううん、と首を振った。
 翔也お兄ちゃんは私をバカにし続けたことを言っているのだろう。けれど、あの時の私にはそれが一番心地よかった。

「元気そうで、安心した」

 うん、と頷いて、翔也お兄ちゃんに笑みを向ける。
 胸がドキドキしたけれど、それはきっと昔に抱いた淡い想いのせいだ。
 翔也お兄ちゃんが安心したような笑みを向けたので、私も安心して彼に背を向けた。

「瑠依ちゃん、あのさ!」

 会議室を出ようとドアノブに手を掛けたところで、呼び止められた。
 振り返ると、翔也お兄ちゃんは眉を下げて困ったような顔をして、それでも笑顔でこちらを見ていた。
 照れ臭そうに、こめかみのあたりを人さし指で掻いている。

「瑠依ちゃんさえよければ、今日飲みに行かない? あ、仕事何時まで?」

 え? と顔を向ければ「ああ、ごめん」と残念そうな笑みを向けられる。

「俺は今日このまま直帰だからさ。でも、瑠依ちゃん忙しいよね」

 あははと笑いながらそう言う彼に、ドキリと胸が鳴る。
 あの頃とは違う、大人になった彼はとても逞しく見えて。
 全てを知っている彼になら、何でも打ち明けられる気がして。

 ――もしかして、私はまだ、翔也お兄ちゃんのことを……?

「うん、残業しないように頑張る」

 そう言えば、翔也お兄ちゃんはふっと顔を綻ばせる。

「地下にあったカフェで待ってるから。急がないで来てね」

 私はうん、と頷いて、今度こそお茶を淹れに会議室から出た。

 *

 お茶を淹れていると部長が給湯室の横を通りかかる。

「猫宮か。A4会議室」

 はい、と答えても部長の気配が消えない。どうせなら一緒に会議室まで、ということらしい。
 お茶を淹れ、お盆に乗せ、身体の向きをくるりと変えた所で部長は歩き出す。

 会議室の中にいるのが、幼馴染の翔也お兄ちゃんだと思うと、何となく落ち着かなくなる。

 ――お茶を持っていくだけだから!

 落ち着くように息を吐きだし、部長に続いて会議室の中に入る。
 翔也お兄ちゃんは慌てて立ち上がり、部長と挨拶を交わす。

 ――大人だな。

 部長と対峙しにこやかに仕事をする翔也お兄ちゃんは、何だか知らない人のような気がしてくる。
 私は打ち合わせの邪魔にならないよう、そっと会議室を後にした。

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