隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
「熊鞍もどうした? 俺はこれでいい」
部長は明らかに、何かに動揺している熊鞍さんを気にも留めず、コーヒーの紙コップに口をつける。
すると、
――パシンッ!
乾いた音が、人の少なくなったオフィスに響いた。
熊鞍さんが部長の手をはたいていたのだ。
コーヒーが宙を舞う。
慌てて立ち上がった私は、パソコンを持ち上げ抱きかかえる。これだけは、死守しなければ。
コーヒーが零れて、倒れた紙カップと共に私のデスクの上に飛散する。
スローモーションのように見えた。
デスクに取り残された白猫のぬいぐるみキーホルダーに、コーヒーが染みていく。
――嘘、これ、部長にもらった……。
ペットの証。部長との秘密の繋がりを示す、唯一のもの。
けれど、今の私には、それ以上の意味を持つ。
胸がきゅうっと苦しくなって、喉元がかっと熱くなる。それが鼻の方に上ってきて、目頭がじんじん熱くなる。
私は、こんなにも、部長が――。
見ている間にも、コーヒーは白猫に染みていく。
「熊鞍、お前は――」
「ごめんなさい、それ……下剤が入っていて――」
熊鞍さんが泣きそうな声で言う。どうやら、私はまた部長に守られたらしい。
けれど、私の目に映るのは、コーヒーが染みて茶色い毛に変わっていく白猫だけだ。
――泣くな。泣いちゃダメだ。
「猫宮さん、ごめんなさい……」
熊鞍さんの謝罪の声が聞こえる。
部長がティッシュを持ってきてくれる。
「大丈夫です。あとは、自分で片づけますので」
部長からティッシュのケースを受け取り、コーヒーだらけのテーブルを拭く。
なんともない。ただ、淡々と片づければいいだけだ。
そう思うのに、元白色の猫のキーホルダーが目に入るだけで、胸が苦しくなる。
また部長に助けられた。私は何もできない。自分の弱さが悪目立ちするようで、自分でいることが嫌になる。
こんなに苦しくなるなら。泣きたくなるなら。こんなもの、無くたっていい。
一人で立つためには、こんなもの、いらない。
私は茶色くなった白猫をデスク脇のごみ箱に放り、コーヒーを拭いて綺麗になったデスクにパソコンを置く。
早く残りの仕事をしないと。
時間は待ってくれない。
熊鞍さんは既に帰ったらしい。オフィスにはいつの間にか、私と部長しかいなくなっていた。
部長のデスクをちらりと見る。いつもと変わらず、難しい顔をしてパソコンに向かう部長がいた。
部長がちらりと顔を上げる。目が合った。
「猫宮、今日はもう終わらせて帰るか」
「え、でも仕事が――」
「明日でもいいだろう」
「あ、うん、はい……」
私はパソコンの電源を落とす。
「あ、でも、今日は飲みに行く約束がありまして……」
「それならなおさら、早く帰ろう。先方も待っているのだろう」
「はい……」
そのまま、私はまだ外が明るい時間に、部長と共にオフィスを後にした。
部長は明らかに、何かに動揺している熊鞍さんを気にも留めず、コーヒーの紙コップに口をつける。
すると、
――パシンッ!
乾いた音が、人の少なくなったオフィスに響いた。
熊鞍さんが部長の手をはたいていたのだ。
コーヒーが宙を舞う。
慌てて立ち上がった私は、パソコンを持ち上げ抱きかかえる。これだけは、死守しなければ。
コーヒーが零れて、倒れた紙カップと共に私のデスクの上に飛散する。
スローモーションのように見えた。
デスクに取り残された白猫のぬいぐるみキーホルダーに、コーヒーが染みていく。
――嘘、これ、部長にもらった……。
ペットの証。部長との秘密の繋がりを示す、唯一のもの。
けれど、今の私には、それ以上の意味を持つ。
胸がきゅうっと苦しくなって、喉元がかっと熱くなる。それが鼻の方に上ってきて、目頭がじんじん熱くなる。
私は、こんなにも、部長が――。
見ている間にも、コーヒーは白猫に染みていく。
「熊鞍、お前は――」
「ごめんなさい、それ……下剤が入っていて――」
熊鞍さんが泣きそうな声で言う。どうやら、私はまた部長に守られたらしい。
けれど、私の目に映るのは、コーヒーが染みて茶色い毛に変わっていく白猫だけだ。
――泣くな。泣いちゃダメだ。
「猫宮さん、ごめんなさい……」
熊鞍さんの謝罪の声が聞こえる。
部長がティッシュを持ってきてくれる。
「大丈夫です。あとは、自分で片づけますので」
部長からティッシュのケースを受け取り、コーヒーだらけのテーブルを拭く。
なんともない。ただ、淡々と片づければいいだけだ。
そう思うのに、元白色の猫のキーホルダーが目に入るだけで、胸が苦しくなる。
また部長に助けられた。私は何もできない。自分の弱さが悪目立ちするようで、自分でいることが嫌になる。
こんなに苦しくなるなら。泣きたくなるなら。こんなもの、無くたっていい。
一人で立つためには、こんなもの、いらない。
私は茶色くなった白猫をデスク脇のごみ箱に放り、コーヒーを拭いて綺麗になったデスクにパソコンを置く。
早く残りの仕事をしないと。
時間は待ってくれない。
熊鞍さんは既に帰ったらしい。オフィスにはいつの間にか、私と部長しかいなくなっていた。
部長のデスクをちらりと見る。いつもと変わらず、難しい顔をしてパソコンに向かう部長がいた。
部長がちらりと顔を上げる。目が合った。
「猫宮、今日はもう終わらせて帰るか」
「え、でも仕事が――」
「明日でもいいだろう」
「あ、うん、はい……」
私はパソコンの電源を落とす。
「あ、でも、今日は飲みに行く約束がありまして……」
「それならなおさら、早く帰ろう。先方も待っているのだろう」
「はい……」
そのまま、私はまだ外が明るい時間に、部長と共にオフィスを後にした。