隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 初めて、部長のいない部長の部屋に帰った。
 部長の部屋なのに部長がいない。これは、初めて“留守番”をしたあの日以来だ。

 勝手に入った罪悪感をごまかすように、そそくさと自分の“小屋”に入る。
 改めて部屋を見まわして、自宅から持ってきた荷物の少なさに驚く。
 家具も寝具も、部長が買い与えてくれた。

 ペットへの初期投資と言っていたけれど、部長は結局私に何を求めていたのだろう。
 私はペットとして、部長に何かしてあげられたのだろうか。

 思い返せば、何もできていないことに落胆し、してもらってばかりだったことに罪悪感が募り、申し訳なさでいっぱいになる。
 部長はそんな私を、責めたりはしない。
 だから余計に、申し訳なくなる。

 けれど、もうすぐペットの役割も終わりだ。
 部長には婚約者がいる。その相手は、私じゃない。

 それで、思い至った。
 自分の部屋に帰ろう、と。

 *

 部長の部屋から荷物を持ち出し、のんびりと家に帰ってきた。
 部長と私の家は歩いて二十分ほどの距離である。夏の日差しで多少辛いが、それでも二往復して自分の荷物を全て自宅に運び込んだ。
 部長の部屋には置手紙を残してきた。
 鍵は今度、会社で返す旨も伝えてある。

 荷物を運んでいる途中で横切った公園には、夏休みの子供たちがわーわーと騒いでいた。
 その中で、シロも子供たちと戯れているのを見かけた。

 子供たちに頭を、背を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めるシロ。

 ――なんだ、シロにはちゃんと居場所があったんだ。

 なんとなく、自分とシロを重ねていた。
 野良猫のシロと、部長に拾われた私。
 シロの居場所を奪ってしまったようで、申し訳ないような気持ちがなかったわけじゃない。

 けれど、それは杞憂だったらしい。
 シロはシロの世界で、ちゃんと生きているのだ。

 シロの方が、私よりも強いかもしれない。
 生きる場所を自ら作り、笑って生きている。

 そんな強さが、うらやましい。
 同時に、私もこれからは一人でちゃんと立っていなければと、改めて思う。

 部長の元にいたせいで、ずいぶんと甘えることに慣れてしまった。
 強く、一人で生きていけるように、自分で居場所を作らなくては。

 思いを新たに、私は引っ越し荷物を自分の部屋に運び込んだ。

 *

 久しぶりの自宅は、思ったよりも散らかっていた。
 部長の部屋がモデルルーム並みの綺麗さを維持していたから、余計にそう思うのだろう。

 誰もいないその部屋で、一人苦笑いをこぼしながら、荷物を片付ける。
 明日の準備といっても、実家は同じ都内だ。けれど、たまには泊まろうか。
 そんなことを思いながら、帰省用の鞄に荷物を詰めてゆく。

 気が重い。
 けれど、大丈夫。
 母はいない。部長もいない。
 けれど、私は一人で大丈夫。

 ――立つ鳥跡を濁さず。うん、大丈夫だ。

 自分にそう言い聞かせながら、私は一人きりの部屋で夜を過ごすのだった。

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