隠したがりの傷心にゃんこは冷徹上司に拾われて
 トントンと軽快に包丁で野菜を切る私の隣で、洋邦さんが鶏肉を焼いている。
 ペットから恋人へと昇格した私は、今ではこうして共にキッチンに立つなど、家事をおこなうようになった。
 洋邦さんは当初、「俺がやる」と言って聞かなかったが、これから先ずっと一緒にいるのにすべてを任せるのは「共生」じゃない、と私が言い続け、洋邦さんが折れてくれた。
 案外、私たちは頑固者同士なのだ。

 *

 寝支度を整え、リビングにいると洋邦さんが風呂から上がった。
 それから、何の躊躇もなく、ソファに座っている私の隣に腰かける。
 その自然な恋人の距離は、私はいつまでたっても慣れない。
 胸が高鳴っているのは自分だけなのではないかと、少し悔しい気分になる。

「今日は俺の番だな」

 そう言って、洋邦さんは私の膝にそっと自分の頭を乗せる。
 私たちのルーティンは、お風呂上りに交代で膝枕をすること。
 それが、互いの癒しであり、心の糸を弛める時間になると、洋邦さんの提案で始めた。

 洋邦さんの大きな手で頭を撫でられるのは好きだが、それは洋邦さんも同じらしい。

 ドキドキとしながら、洋邦さんの短い髪を撫でる。
 洋邦さんは気持ちよさそうに目を細め、口に弧を浮かべている。

 幸せだ。
 洋邦さんが隣にいるだけで、糸を張らない毎日だって、強くいられる気がする。
 誰かとともにいることは、こんなにも満たされることなのだとあの頃の私に教えてあげたい。

 ふと視線を前に動かした。
 壁前のテレビボードに、猫のぬいぐるみキーホルダーが飾られている。
 白い猫と、茶色い猫。
 あの日に私たちを繋いでくれた、シロのぬいぐるみキーホルダーだ。

 懐かしい気持ちに浸っていると、洋邦さんが口を開いた。

「今週末、何時が決めてくれたか?」

「うん、できれば午後十二時ころにって。おばあちゃん、たっくさん昼ご飯作るんだって、意気込んでる」

 今週末、私たちは私の祖母に会いに行く。お付き合いをしていると言うと、祖母が洋邦さんに会いたいと言い出したのだ。

「楽しみだ。だが……、不安でもある」

「洋邦さんも、不安になるんですね」

 思わずふふっと笑うと、洋邦さんの頬がほんのり赤くなる。

「そりゃ不安になるさ。瑠依を大切に育ててくれた方だ」

 そんな洋邦さんの言葉が、嬉しい。

 ――ちゃんと、祖母孝行できそうだ。

 そんなことを思いながら、週末の実家に思いを馳せる。
 家族の中に邦洋さんがいるのは、ちょっと不思議で、でも嬉しくて。
 「共に生きたい」と言われたあの日から、私は愛し愛されることの喜びと、嬉しさと、そしてちょっとの生きにくさを知ってしまった。
 けれど、それは嫌じゃない。
 生きにくいときは、糸が絡んでしまった時だ。
 洋邦さんがほどいてくれる。
 それだけで、安心できる。

 私たちは、こうやって、共に生きていく。
 何年も、何十年も、あなたと共に。


≪完≫
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