パーフェクトな警視にごくあま逮捕されました
さっき、職場には誰もいなかった。
ホールから見渡した先、給湯室だって電気が消えていた。
この人はどこで、なにをしていたんだろう。

ばくん、ばくん、と心臓が大きく鼓動する音ばかりが、私に耳につく。
ペンダントトップを握りしめる手が、じっとりと汗を掻いた。
さっきから腕時計は、震えっぱなしだ。
操作盤の前に立ち、じっと階数表示を見つめた。

「あの。
降りないんですか」

「えっ、あっ」

声をかけられて初めて、エレベーターはすでに一階に到着し、扉も開いているのに気づいた。

「すみません、ありがとうございます」

お礼を言って、扉を押さえてくれていた彼の傍を通り過ぎる。

「……またね、花夜乃ちゃん」

呟くような声とくすりと小さな笑い声が聞こえ、足が止まった。
おそるおそる振り返った私の脇を、足早に彼が通り過ぎていく。

「……え?」

足が竦んで動かない。
なんだったの、今の?

「花夜乃さん!」

乱雑な足音と共に近づいてきた人を見て、気が抜けた。
そのせいで、その場にぺたりとへたり込んでしまう。

「大丈夫!?」

近づいてきたその人――駒木さんは私の前で膝を折り、抱き締めてくれた。
その肩に顔をうずめ、彼の匂いを胸いっぱいに吸い込む。
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