意地悪警察官さんは、同担拒否で、甘々で。 ーワケアリ暴君様と同居していますー
第8話
〇夜 洗面台
鏡の前で、パジャマ姿で髪を乾かしているあい。
あい(大河さんとの同居生活も、これで……もう半年? こんなに長く続けられるとは……二日でダメになるかと思ってたけど)
ちらりと浴室に目を向ける。大河がシャワーを浴びている姿が曇りガラスからすけそうで、
あわてて目を反らすあい。初日の最悪の出会いを思い出してしまう。
あい「……む」
あい(……お風呂の中でスクラブするの忘れた……)
一度ドライヤーを止めて、大河に声をかけるあい。
あい「ねー! 大河さん! 洗顔のやつ取って! スクラブはいってるやつ~!」
大河[ドア越し]「……何? 何を取れっつった?」
あい「だから、スクラブのやつ! チューブに入ってるやつだよー!」
大河[ドア越し]「チューブも3つくらいあるじゃねえか……ちょっと待て、開けるから自分で取れ」
あい「え? も~……」
風呂場の中からがさがさ何か準備している音。
大河[ドア越し]「いいぞ」
あい「はーい、開けるね」
○夜 浴室
開けた先、大河は乳白色の湯船につかりながらスマホをいじっている。
大河「脱衣所カビるかもしれねえからすぐドア閉めろ」
あい「そんなすぐカビないって……」
そうは言いつつも、風呂場のドアをしめるあい。
なるべく大河の方を見ないようにしながら、取ろうとしていたスクラブ洗顔を手にとる。
あい「どうも、お邪魔しました~……って、アレ……?」
あいがお風呂の折れ戸を開けようとしているけれど、うまく開かない。
何度かガチャガチャやってみても、なにかが引っかかったようにドアは開かない。
あい「うそ、何……?」
大河、焦ってる様子のあいに気づく。怪訝そうな表情。
大河「……何してんだお前」
あい「開かないの! ドアが! うそ、……ほんっと無理……」
大河「……ちょっとどいてろ」
近くに置いていたタオルに手を伸ばしてから、湯船から立ち上がる大河。腰にタオルを巻いている。
初日の光景を思い出してしまいそうでとっさに顔をそむけるあい。
あいの避けるような動きに気づく大河。
大河(……悪いとは思ってる、)
大河が何度か強い力でぐっ、ぐっと動かしてもドアはびくともしない。
それどころか、なにかが割れたようなべギッという音が響いて、更に動かなくなる。
大河「……やべえな」
あい「…………と、閉じ込められたってこと~!?」
顔面蒼白になるあい。タオル一丁の姿でも冷静なままの大河。
少し考えて、大河は湯船に戻ってスマホでどこかに連絡しはじめる。
大河「……知り合いの業者に声かけた。1時間はかからねえで来てくれるとよ」
あい「それは、よかった、けど……!」
あい(お風呂場に、ふたりっきり……!?)
パニックになりながら、お風呂場の椅子を洗い場の端っこに持っていって小さくなるあい。
なるべく、裸の大河と、その濡れた前髪をオールバックの形で押さえつけているその顔を目に入らないように焦点をズラそうとするあい。
大河「……ワリぃとは思ってる」
あい「別に……大丈夫です……」
全然大河の方を見ないで、壁を見つめながらつぶやくあい。
大河、動画配信サイトを開いてスマホをあいに手渡す。
大河「……暇だろうから、好きなの見とけ」
あい「暇なのは一緒でしょ? なんか一緒に見ようよ……」
あい(……お湯で見えないし、大丈夫でしょ……)
スマホを大河に見せる。
あい「これはどう? 最近好きなんだ、おもしろいよ」
あいはゲーム実況やコスメレビューをすすめてみるけど、首を静かに振る大河。
結局二人で猫三匹を飼っている人のチャンネルを見ることに。
大河の濡れた首筋とかを見てドキドキするけれど、大河がいま裸でいることをなんとか思考から追い出そうとするあい。
あい「……わ、かわいー! ねこってこんなやんちゃなんだ……」
大河「……」
あい(つまんないのかな?)
そう思って大河の表情を覗き込むと、にやにやしそうなのを必死で堪えているように口元がゆがんでいる。
あい(……大河さん意外とかわいいのが好きだよね)
にやつく顔を隠そうとする大河、顔を片手で覆っている。
あい(……なんか、大河さん、かわい……って、何考えてるの!?)
ぶんぶん頭を振るあい。でも、もう一度チラリと大河に目を向けると、顔が真っ赤になっている。
あい「ちょ……大河さん! 顔真っ赤……!」
大河「…………平気、だ…」
そんな言葉と裏腹に大河は真っ赤な顔のまま、姿勢をくずしてばしゃんと水音を立てて姿勢を崩す。
あい「大河さん! のぼせちゃってるんじゃないの! いったんお風呂から出なよ!」
大河「…………悪ぃ」
ぎゅっと目を閉じて、またお風呂場のはしっこに運んだ椅子に座っているあい。
お湯をぬきはじめた浴槽のふちに腰掛けながら、腰にタオルをまいて水シャワーを足から当てている大河。
あい「……大丈夫? 気持ち悪いとかない?」
大河「……ああ、いまんところはな……」
肩まで赤くなっている大河。
はじめて会った時の知らない裸のイケメンが目の前にいる、みたいなびっくりや恐怖はもうないことに気づくあい。
そのかわりに、大河の憂いを帯びた表情や、鍛えられた筋肉や綺麗な鎖骨ばかりが目につく。
あい「……ごめんね、こんなことになっちゃって……」
大河「……お前が謝ることねぇだろ」
あい「どうだろ…」
大河のスマホに通知が届く。
大河「……来たみてえだな」
スマホの操作で、スマートロックになっているマンションの部屋のドアの鍵を開ける大河。
業者の人「阿部さん、大丈夫ですかー?」
大河「ああ、平気だ……開きそうか?」
業者「部品が割れて噛んじゃってますね……すぐ行けると思います!」
○夜 大河の寝室
ベッドに仰向けに寝転がっている大河。
心配そうにそれを覗き込むあい。手にはストローをさしたスポーツ飲料が。
あい「いる? 飲めそう?」
大河「……助かる」
すこし身体を起こして、あいからボトルをうけとってゆっくりと飲む大河。
あい「大丈夫? ……熱中症、みたいなやつ……?」
大河「いや、普通に湯あたりってやつだろ、……大したことねえから」
大河が何か考え込むように黙り込んだ後、あいの方をまっすぐ見つめてぼそりと囁く。
大河「……嫌な思いさせただろ、狭い場所で、半裸の男と一緒だなんて…」
あい「半裸の男って! いやそうだけど! ……別に、やじゃなかったけど……変な意味じゃなくて! 大河さんなら安心できるから!ってこと!」
バタバタ慌てた様子で話す
フッ…と息を吐いて笑う大河。
あい(大河さん的にも、初対面がお風呂上がりだったこと……気にしてる?)
あい(ほんと、案外……まじめだなぁ)
あいがそんなことを思っていると、大河は疲れた様子で眠そうに瞬きをして、こてんと頭を枕に寄せる。
あい「……大河さん?」
目を閉じている大河。
あい(そりゃ疲れるよね、お仕事の後にまたこんな……)
ふっと大河の目が、眠そうなままうっすらと開かれる。
大河「……世話焼かせて悪かったな」
言葉と共に大河の手があいのほうに伸びてくる。
愛おしそうに指先があいの頬を撫でる。
動けなくなってしまうあい。
大河「あい、……おやすみ」
あい「…………お、やすみ……」
寝落ちした様子で目を閉じてすうすうと寝息を立て始める大河。
彼を起こさないようにそっと部屋を出て大河の部屋のドアを閉めてから、ずるずるとその場にしゃがみ込むあい。
あい(な……な……! なにいまの…っ)
真っ赤な頬を両手で押さえるあい。
心臓のドキドキが止まらない。