君の音色に恋してる

3話

■小瀬家・キッチン・中(夜)(回想)
キッチンの中を覗く真希。
中では真希恵子(45)が野菜を切っている。
真希「あ、お母さん、私明日から合宿だからしばらくご飯いらない」
恵子、手を止め、
恵子「あら、そうなの?じゃあ手土産必要ね」
棚を開ける恵子

■結城家・ダイニング・中(夜)
ダイニングテーブルに箱を置く真希。パッケージには『切腹最中』の文字。
真希「というわけでこちら『切腹最中』です」
結城「…忠臣蔵?」

■空(夜)
月が出ている。

■結城家・ダイニング・中(夜)
最中を頬張る結城。
結城「あ、これうまい、真希の家って面白いな。親何してるの?」
真希「2人ともただのサラリーマン。共働きで、この最中は母親がお客さんに謝りにいくときによく持っていくからストックしてあるんだと」
結城「おお…逆に怒られそうだけどな…兄弟は?」
真希「妹が1人。来年高校受験」
真希、最中を手に取る。
真希「てか、結城くんのご両親は?これ本当は『ご両親に』って母親に言われたんだけど、まさかいないなんて…」
結城「2人とも遠征中。母さんは明後日には帰ってくると思うからそのときに軽く話せると思う」
真希、複雑そうな顔で、
真希「…勘違いされないかな…」
結城「ん?なにを?そんなことより、オーディションのおさらいするぞ」
真希「あ、ハイ」
真希(この人は本当に私のことなんにも意識してないんだな…)
真希、ちらっと結城の方を見る。
結城「なに?」
真希、首を振る。
真希「なんでもない!」
溜息をつく結城。楽譜を机の上に置く。
楽譜には『タルティーニ ソナタ』と書かれている。
結城「私たちの弾く曲はタルティーニのソナタ『悪魔のトリル』だ」
頷く真希。
真希<ジュゼッペ・タルティーニ。18世紀イタリアにおけるバロック音楽の作曲家だ>
真希<曲中、難易度の高い「トリル」が何度も登場。まさに曲名通り「悪魔のトリル」>
真希<逸話によると、タルティーニの夢の中に悪魔が出てきてバイオリンを弾き、彼はその美しい音色を書き取ったとかナントカ>
真希(やっぱり天才はよくわからん)
真希、頬杖をついて楽譜を捲る。
結城「オーディションまであと2週間。これからはレッスンで見てもらいつつ合わせの練習を増やしたい」
真希「わかった」
結城「3枠しかないんだ。それにうちのクラスはかなり粒揃いだ。気合い入れていくぞ」
真希(私が足を引っ張るわけにはいかないな)
神妙な顔で頷く真希。
結城、真希の顔を見る。
結城「大丈夫、心配しなくても襲わないから」
真希「へ!?!なに急に!」
結城「んー?なんかそういう顔してたから?」
にやっと笑う結城。
結城「それとも…襲ってほしかった?」
立ち上がる結城、真希にグイっと近づく。
真希(!?!?)
さっと離れる結城。
結城「なんてね、小瀬さんの泊まる部屋は鍵もついてるし、風呂入ってるときは俺部屋からでないようにするから安心して」
真希「う、うん」
真希(なんだ、冗談だったんだ…でもなんか…)
真希、心臓がドキドキしているのを感じる。
真希(いやいや!今はオーディションに集中!)
頬をばしばしと叩く真希。
その様子を見てくすっと笑う結城。小さい声で、
結城「面白いやつ」

■同・練習室・中
バイオリンを弾く結城とピアノを弾く真希。
楽譜を見て、指を指して確認し合っている。

■同・ダイニング・中(夜)
カップラーメンを啜る結城と真希。
机の上にはCDが散らばっている。

■同・練習室・中(夜)
バイオリンを弾く結城をピアノに頬杖をついて見ている真希。
真希(やっぱうまいんだよな…1人で出れば受かるだろうに…)

■同・客間・中(夜)
部屋の中でスマホを見ている真希。
窓の外は風と雨が吹き荒れている。
真希、結城宛てのメッセージ画面を開く。
真希(お風呂あがったよ、と)
了解、という返信が送られてくる。
真希(初日こそ緊張したけど、本当にお風呂の間は一歩も外に出て来ないしな…)

× × ×
(フラッシュ)
にやっと笑う結城。
結城「それとも…襲ってほしかった?」
× × ×

首をぶんぶんと振る真希。
真希(ないない!!だって私はあくまで結城くんの演奏が好きなだけで、結城くんにはまったく興味ないもん)
布団の上に転がる真希。
真希(そもそも…ピアノばっかりで恋なんて…)
雷の音が部屋に鳴り響く。不意に電気が消える。
真希(え、うそ!停電!?)
スマホを持ち、立ち上がる真希。
真希(結城くん、大丈夫かな)
メッセージ画面を開く真希。
「大丈夫?」と打ったところで手を止める。
真希(同じ家にいるんだし…直接様子見に行った方が早いかな…)
スマホのライトをつけ、扉をあけ廊下に出る真希。

■同・廊下・中(夜)
廊下を歩く真希。
真希「結城くん?大丈夫?」
真希、苦笑いしながら
真希(こういうとき広い家だと大変だな)
結城の声「小瀬さん、こっちこっち!風呂場!ちょっといい?」
真希「う、うん」
真希(よかった、怪我とかはしてなさそう)
洗面所の扉を開ける小瀬。

■同・洗面所・中(夜)
中に入ってくる真希。
真希「結城くん?」
結城「いや、助かった!スマホ置いてきちゃってさ」
暗闇から手が伸びてくる。
真希「え?」
結城「多分この上にブレーカーがあるんだけど、ちょっと照らしてもらってもいい?」
真希「あ、うん、わかった」
真希、スマホを上に向ける。
真希「あ、あれかな」
壁の上の方に、ブレーカーが見える。
結城「お、サンキュ」
蓋を開ける結城。
結城「あ、やっぱ落ちてるわ、上げたらつくと思う」
ブレーカーに手を伸ばしてあげようとした瞬間、雷音が鳴り響く。
真希「きゃあ!」
驚いてスマホを落とす真希。動いて、足がもつれあう真希と結城。
結城「うわ!」
真希と結城が転んだ瞬間、電気がつく。
結城「いてて…」
上裸の結城の上に真希が乗っている。結城の首筋にはあざがある。
真希「ごめん!指怪我してない?」
真希、結城の手を取り、指先を確認する。
真希(やばい、やっちゃった!弾けなくなったらどうしよう)
体を半分起こす結城、ニヤッと笑いながら
結城「小瀬さん、意外と大胆なの?」
真希「これは事故!もう!怪我してないならよかった!」
結城の上からどく真希。
そのまま立ちあがろうとするのを結城が服を引っ張って止める。
結城「小瀬さんは?怪我なかった?」
結城、真希の髪の毛にそっと触れる。
真希「わ、私は大丈夫!もう行くね!」
照れた顔を隠しながら立ち上がる真希。
バタバタと外に出ていく。

■同・洗面所・外(夜)
洗面所の扉に寄りかかり、しゃがみ込む真希。
自分の手を見つめる。
真希(結城くんの手、バイオリンを弾いている人の手だった…)

■同・洗面所・中(夜)
座り込んだまま頭を抱えている結城。
自分の手を見る。

× × ×
(フラッシュ)
真希の髪の毛に触れる結城。
× × ×

結城(一体俺は何を…)

■同・洗面所(夜)
扉を挟んだ状態で座り込む、真希と結城。
真希・結城(やばい…/やべー…)
頭を抱える真希と結城。
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