喪服令嬢は復讐劇の幕を開ける~バカ王子が盟約を破ったので遠慮無く滅ぼさせて頂きます~
けれど特別なことが長く続けばそれは当たり前となり、感謝よりも、「もっと、もっと」と厚かましい願いが溢れ出す。
女神様は代替わりをして生まれ変わる。そのたびに王に力を与えるため黄金の指輪を差し出していった。
忘れ去られてもなお、人を信じていた女神様。
とても優しくて、温かで、争いや憎しみを嫌う。甘くて天真爛漫な――私は女神様が大好きだった。
私だけは知っている。
甘いものが好きで、猫舌で。
聡明で、気高くて、自分が損するよりも悲しむ顔が減ることを喜ばれる。憑依してずっと見ていることしかできなかったのが悔しかった。
壊れそうになっているサラティーローズ様を抱きしめてさし上げたかった。
私の中で酷く傷ついて弱っているサラティーローズ様は、自分が助かるよりもこの国の人を生かしたいと思ったのだろう。けれど、それは看過できない。
この国の人よりも私はあの方を生かす。
再び目が覚めてこの器を返すときまで、サラティーローズ様を苦しめる楔全てを私が叩き潰す。
「殿下、最後に一つ教えて差し上げましょう。大聖堂の鐘が三つ鳴るときは祝福ですが、四つ目は破滅の調べなのですよ」
「──ッ!」
「この国の成り立ちを王族も貴族も忘れてしまうとはね。たかが五百年でこの体たらくとは、笑えないね。なあ、メアリー」
私の影から一人の男が突如姿を見せた。彼もまたこの土地に縛り付けられた不老不死の男だ。褐色の肌に、真っ白な長い髪、琥珀色の双眸、整った顔立ちに黒い燕尾服を着こなした眉目秀麗の男が私の隣に立った。
本来なら見惚れるほどの美男子だろうが、その男が背に黒いコウモリの羽根を生やした瞬間、周囲の貴族たちから悲鳴が上がった。
私の薔薇魔法に関してはまったく反応していなかったのに、彼の登場で事態は一変するなんて少し腹が立った。
私の苛立ちに反応して影から漆黒の棘が生き物のように蠢き姿を見せる。それは群がる虫あるいは触手のようでダンスホールは一瞬で棘に囲まれ、逃げ惑う貴族たちの足や腕に絡みつく。
一瞬にしてホール内は阿鼻叫喚の煉獄と化した。
悲鳴と、命乞いばかり。別に今すぐ殺すつもりはないのだけれど。
「今すぐ神官たちをたたき起こし、鎮魂の儀を──」
「宰相、無駄ですよ。盟約が絶たれた今、これ以上は何をしても焼け石に水」
「メアリー様、しかし」
「五百年という平穏を誰が維持してきたのか、その恩恵を忘れたものはみな同罪よ。私の元いた世界でも善き神が愛していた土地を追い出され、氏子と引き剥がされて閉じ込められ、封じられ名を上書きされ、奪われ、形骸化させられていた歴史を書物で何冊も読んだ。神の零落した姿を妖怪と称する人もいた。災厄をまき散らす側面を持って産み落とされた存在──私はお前たちにとってのソレだ」
「メア」
宰相は漆黒の棘の波に呑まれて目の前から消えた。
彼もまた政治的に女神様を利用し、形骸化させた一人だ。そう簡単には殺さない。
「ひっ、め、メアリー、は、こ、これは誤解だ!」
「そ、そ、そうです。女神様の系譜だったなんて、知らなかったのよ!」
馬鹿王子とジョアンナは抱き合いながら震えていた。さきほどまでの威勢はどこにいったのでしょう。
「私の元いた世界で好きな言葉がありましてね。『目には目を歯には歯を』と『やられたらやり返す、三倍返し』って言うんですけど」
「なッ……何をする気だ」
「わ、私だけは助けてください! お願いします。私は王族じゃないですし!」
「ジョアンナ! お前!」
「なによ、貴方が婚約者をないがしろにしたから──」
ここに来て二人で言い合いが始まった。なんとも醜い言い争いだ。先ほど真実の愛を語り合った仲とは思えない。
「ソロモン」
「はいはい」
馴れ馴れしく私を後ろから抱きしめながら顔を近づける。
そういうのは別に求めてないのだが、大きな猫がじゃれていると思えば良いか。──にしても二人に見せつけたいのかキスをしてくるのは鬱陶しい。