振り解いて、世界
シャワーを浴びて部屋に戻るなり、ふかふかのベッドにゴロンと寝転がる。
借りたスウェットからはセレンの匂いがした。
両手を顔の前にかざすと、トレーナーの袖から少しだけ指先がはみ出している。
わたしが着るにはかなりサイズが大きい。
肩だってブカブカだし、丈も太ももくらいまである。
明らかに女のわたしが着るための服じゃない―――なんて。
さっきから余計なことを考え過ぎだ。
セレンの言う通り、今日は相当疲れているんだろう。
すぐに寝た方がいいんだろうけど、目が冴えて眠気がやってくる気配はしばらくなさそうだ。
だらんと両手を伸ばし、天井にぶら下がったティファニーブルーのシャンデリアを眺める。
セレンは、いつもとまったく変わらない様子だった。
友達とはいえ、異性と同じ家で生活することについて何の抵抗も感じていないらしい。
きっとわたしがセレンを男だと思っていなかったように、セレンもわたしを女だと思っていないんだろう。
セレンのその感覚の方が正しい。
わたしが急におかしくなってしまっただけだ。
明日から二人での生活が始まる。
いちいち相手を意識をしていたら確実に身が持たない。
小さなことであたふたするのは、わたし自身に恋愛経験がほとんどなく、男の人と深く関わってこなかったせいだ。
この生活が続けば、そのうち慣れてすぐにまた元の感覚に戻るだろう。
よいしょとベッドから起き上がる。
寝る前にもう一度顔を洗いたくなって、バタバタと部屋を出た。
ノックもせずに洗面所のドアを開ける。
ドアの隙間から光が漏れて、しまったと思った時には遅かった。
柔らかなオレンジのライトの下で、Tシャツを脱ぐセレンが振り返る。
両腕にTシャツを引っ掛けたまま、動きを止めたセレンの背中は意外なほど引き締まっていて滑らかな陰影を作っている。
くしゃりと乱れた髪の隙間には、きらきらと揺れるフープピアスと、こちらを真っすぐ見つめる漆黒の瞳があった。
刺激が強すぎる。バクンと大きく鼓動が高鳴った。
「し、失礼しましたあぁ!」
大きな音を立てながら、慌ててドアを閉める。
セレンがお風呂に入っているかも知れないことくらい、少し考えたら分かるはずなのに。
色々と考えごとをしていて、まったく気が回っていなかった。
ドアに背を向け、わたしはその場で頭を抱えた。
まだボトムスを履いてくれていたのは不幸中の幸いだった。
もう少し遅かったら、ごめんじゃすまなかったかもしれない。
オレンジの光に淡く照らされながら、服を脱ぐセレンの姿が鮮明に蘇る。
一瞬だけど、海水浴以外で初めて目にした男の人の裸は色っぽくて綺麗だった。
セレンだからなんだろうか。
そういえば、お腹だって薄っすら割れていた気が……。
「おい」
「ひゃい」
すぐ後ろからセレンの声がして、どっと汗が吹き出した。
振り返らずに顔を伏せたまま返事をする。
「な、なあに?」
「いろ巴も入る?」
「何に!?」
「風呂に」
「入らない! 一緒に入るわけないじゃん!」
「は?」
「は!?」
「入るわけねぇだろ。何想像してんだよ、変態」
顔を上げると、Tシャツを着たセレンが腕を組んで気だるげにドアにもたれかかっていた。
わたしを見透かすような目つきで見下ろし、片方の口の端をふっと持ち上げている。
「う、うるさいーー!」
この日から、入浴の時は必ずドアの鍵をかけるというのがルールになった。
これから1ヶ月、わたしは無事にこの家で過ごすことができるんだろうか。
今は不安しかない。