振り解いて、世界
陽が落ちた紫色の空の下、わたしは幼稚園の近くにある樹木に囲まれた人気のない公園を訪れていた。
いつもよりも園児達とたくさん遊んで疲れきった身体を錆びたブランコに預けて、ショルダーバッグから出したばかりのスマホを眺める。
どんな返事が来ていても今なら大丈夫―――そう自分に言い聞かせて、サイドボタンに添えた親指に力を入れた。
画面が明るくなり、見慣れた白いくまのキャラクターがホーム画面に映し出された途端、不在着信を知らせるショートメッセージが届く。
「着信のお知らせ……12件?」
思ってもみなかった連絡の量に驚いている間に、ラインのプッシュ通知も表示されわたしは画面をタップした。
『どこにいんの?』
『連絡ちょうだい』
セレンからのメッセージが目に飛び込んでくるなり、心臓を冷たい何かで鷲掴みにされたような気分になる。
凄く心配してくれていたらしい。
きっと仕事の合間を縫って何度も連絡をくれたんだろう。
今すぐにでも会いたい。
顔が見たい。
次々と湧き上がる思いのたけを押し込むように唇を噛みしめる。
無愛想に浮かぶ文字の向こうにセレンがいると思うと、いてもたってもいられなくなった。
セレンからの返事はもっとあっさりしたものだと思い込んでいた。
これなら、今すぐに「勝手に出て行ってごめんね」と一言謝れば、またいつもの関係に戻れるかもしれない。
ばかな話で笑い合って、毎日楽しく過ごせるならこの場で簡単にごまかしてしまいたい。
そんな考えがちらつき始めたところで、わたしはスマホを伏せて漆黒の滲む空を見上げた。
軽く地面を蹴ると、ブランコからきぃと掠れた音が鳴る。
さっき温まったばかりの胸の奥が少しずつ削られていくみたいだ。
わたしはどこまで狡いんだろう。
セレンの優しさにつけ込んで、何も知らないただの友達を装ってまだ甘えようとしている。
足を引っ張る友達なんかいない方がいいに決まっているのに。
それでもまだどこかでこの関係を続けられるんじゃないかと期待していて、このままじゃ人としてだめになりそうだ。
セレンを独り占めしたいという、自分勝手な欲に流されて負けていたらいけない。
何もかも取っ払って、わたしが心の奥底で本当に願っているのは、セレン自身が望む幸せを掴むことだ。
そしてセレンにはずっと笑っていて欲しい、とも。
たとえ、目の前でそれが見られなくなっても、この空の下のどこかでセレンが幸せに過ごしているのならそれで十分じゃないか。
お互いのためを思うなら、連絡は無視し続けてあいつはいい加減なやつだと距離を置かれた方がいいのかもしれない。
そしてそのまま嫌われてしまえば、すんなりと綺麗に終われる。
辛いけど、傷が癒えるまで少しの間我慢すればいいだけだ。
ほんの少しの間だけ。
ずるっと鼻をすする。
もっと上手くやる方法が他にもあるのかもしれない。
でもわたしにはこんな方法しか思い浮かばなかった。
ずっと優しく包み込んでくれていたあの世界を、わたしはひどく傷付けている。
これからもっと傷付けることになるだろう。
罪悪感が押し寄せるけど、中途半端にはできない。
こんなやり方しかできなくてごめんね―――そう思った時だった。
手の中のスマホがブブブと震えだす。
はっとして、わたしは着信画面に目を向けた。