振り解いて、世界
いつの間にか、お酒を飲むペースが上がっていたのかもしれない。
わたしはバーカウンターにだらしなく突っ伏して、目の前の空っぽになったカクテルグラスを眺めた。
ぼんやりと濁った視界の中で、一つしかないはずの細長いグラスが二つに重なる。
仕事の話なんかほとんどせずに、すすめられるがままお酒を飲んでみっともない姿をさらして、わたしは何をやっているんだろう。
ひどい失敗だ。情けない。
どうにかして起き上がれないかと身体に力を入れようとしたものの、どこもかしこもずっしりと重くて1ミリも動かせそうになかった。
「大丈夫?」
「大丈夫です……」
頭上から心配そうな大ヶ谷さんの声が聞こえて、咄嗟にそう答えた。
嘘だ。全然大丈夫じゃない。
これだけ身動きができないくらい酔っ払ったのは初めてだ。
大ヶ谷さんに余計な心配をかけたくなくて、おでこをぐりぐりと腕に押し付けてから無理やり視線を持ち上げて笑いかけてみる。
濁った視界に映る唇が、くし切りのレモンみたいに曲がったような気がしたけど、店内が暗くて大ヶ谷さんがどんな表情をしているのかまではよく見えなかった。
意識だけは、はっきりとしていることがちゃんと伝わっただろうか。
「お店、出よっか。お酒弱いんだね、イメージ通りだ。一人で立てそうにないね」
大ヶ谷さんの手が、わたしの背中をそろりと撫でる。
途端に、背筋にぞわっと寒気が走りその場から逃げ出したくなった。
わたしが大ヶ谷さんに求めているものと、大ヶ谷さんがわたしに求めているものが違うのではと思わず疑いたくなる。
でもそれはきっと勘違いだと、重くなったかぶりを振った。
今日は仕事の話をするために来たのに、背中に手を置かれただけで大ヶ谷さんの厚意を疑うなんて失礼だ。
酔っ払って動けなくなったわたしを怒りもせず、気にかけてくれている人にそんなことを思ったら申し訳ない。
それに、女性としての魅力なんかこれっぽっちもないわたしに下心を抱くわけがないじゃないか。
そう自分に言い聞かせたつもりだったけど、自然と全身が固く強張って、次に大ヶ谷さんが何を言い出すのか警戒しながら耳を傾けていた。
「ちょっと待っててね」
大ヶ谷さんの手があっさりと離れていく。
安堵したのも束の間、大ヶ谷さんはその場で手際よく会計を済ませたあと、わたしの肩を強引に抱き寄せた。
「立てる? 行こう」
すぐに手を払い除けたくなったけど、お会計を済ませたお店にいつまでも居座るわけにはいかないから、仕方なく大ヶ谷さんに寄りかかる。
ふらふらとまともに力の入らない身体を、大ヶ谷さんに支えられているのがたまらなく嫌で、何とか自分の足で立ち上がろうと精一杯踏ん張った。