イケメンシェフの溺愛レシピ
「奥の席だから、周りの人は気にしないよ」

哲也はいつも通りの笑顔で、おいしいディナーを食べながら打合せをしようと、その奥の席に座るように言った。
どうして園部さんをディナーに招待したの。
そんな気持ちが胸の奥で爆発しそうになって、ついに言った。

「あの編集者の女性がいるから奥の席なの?」

綾乃の言葉に哲也は顔をしかめた。なんでそんなことを言うんだ、と言う顔だった。

「彼女も、ディナーに招待したの?一緒に仕事をする人間に自分の店の味を知ってもらいたいって言ってたものね。私もそうやってディナーに招待してもらったわね。オーナーシェフのあなたにとって仕事相手を食事に招待するくらい大したことじゃないのかもしれないけど。こっちはそうじゃないの。私は、あなたが他の人に私と同じようなことをしてたら嫌なのよ!」

ホールには聞こえない程度の、でも強い口調で綾乃は言った。

こっちはそうじゃない、という言葉には、園部さんのこともあった。
哲也にとってはたいした意味がなくても、食事に招待されたら期待したくなる気持ちを持つのが女心じゃないだろうか。ましてこんなハンサムなオーナーシェフから招待されたら。

いろんな気持ちが込みあげて綾乃はちょっと泣きそうになる。仕事だからと割り切って来たとはいえ、俯いてしまうと自分のいつものスニーカー、ジーンズが視界に入ってみじめだった。
そのとき、うなだれた頭に、ぽん、と温かい手のひらがのせられた。哲也の手だ。

「よく見ろ。三人分のテーブルセッティングがされているだろう?」

そう言われて、綾乃は視線をゆっくりと園部さんの座る席のほうに向ける。そこには彼女の座る席とその隣、そして正面にグラス、プレート、カトラリーすべて三人分がきれいに並べられていた。

「彼女と、彼女の部下、それと編集長の三人を招待したんだ。一年の連載が終わるからって。この間昼食のまかないをご一緒したのは撮影が長引いたからで、いつも誘っているわけじゃない。それから今か彼女が今ここに一人でいるのも、単に彼女が超真面目で約束15分前行動が基本っていうだけなんだが」

その説明に綾乃がきょとんと目を丸くした。納得のいく説明ではあった。
それでも、いつも自分にしてくれるように哲也が彼女を招待して「お疲れ様」と一緒に乾杯をすることだってないとはいいきれないじゃないか。

だって、と綾乃が言おうとしたところで入り口からまだ新卒かというような若い女の子が入ってきて、園部さんに頭を下げてその横に座った。
さらに五分程すると編集長と思しき年長の女性がやって来て、ホールの笹井マネージャーに案内されて席に着いた。
そしてイタリアのスパークリングワインで女性三人で楽しげに乾杯を始めた。
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