イケメンシェフの溺愛レシピ
「すっきりしない梅雨の季節も食事を楽しんで、元気に過ごして欲しいです」
「石崎シェフ、ありがとうございました!」

アナウンサーの声を合図にカメラが切り替わる。同時にスタジオでは、お疲れ様でしたという声が飛び交った。
哲也に駆け寄ると綾乃もまた、お疲れ様とありがとうと声をかけた。

「SNSでの反応も好評よ!‘トースターでこれが作れるとは!’とか‘簡単なのにオシャレとか最強’‘週末ワインと楽しみます’ですって。あとは‘いわしって手だけでおろせるんですね~チャレンジしてみようかな’とか。前向きなリアクションばかり!」

タブレットを操作しながら綾乃は番組の盛り上がりっぷりをやや興奮気味に伝える。

「テーマがよかったね。視聴者の望むものをきみはよくわかっているんだろう。」

控室まで一緒に歩きながら哲也は綾乃に言った。それはディレクターにとってありがたすぎる誉め言葉だった。

「やっぱり石崎シェフだからよ。おいしくて元気の出る料理を届けようっていう心意気をあなた以上に持っている人を、私は知らないわ」

綾乃が言うと哲也は、笑ってありがとう、と言った。たくさんの人と仕事をしてきた綾乃にとって、哲也は本当にそういう存在だった。だからこそ、意見をぶつけあいながらも何度も一緒に番組を作ってきた。

「今夜、七時にコン・ブリオへ来れる?」

哲也は言った。そのときどきだが、収録後に、いわゆる打ち上げのような意味で二人で食事をすることがある。哲也の友人の店や他に気になるお店などに食事に行くこともあるが、哲也が料理を用意してくれることも多い。

思えば、こうやって招待してもらって、店の休業日をいいことに貸し切りにしてもらって、哲也と関係を深めたのだ。
好きとか、付き合おうとか、口で言うのは簡単だ。
でも哲也は言葉にするよりもずっと面倒で手がかかることで、いつも自分に愛情を注いでくれいてた。
そのことを振り返ってみれば、嫉妬なんてする必要はどこにもなかったのに。

「大丈夫よ。ありがたくお邪魔させていただくわ」

綾乃は嬉しい、と言うように丁寧に微笑んだ。


帰り際、テレビ局エントランスで別れるときに哲也がカバンから一冊の雑誌を取り出した。

「今日発売なんだけど、連載の最終回が載っているんだ。ぜひきみに見て欲しくてね」

先日から聞いてはいたが最終回の掲載紙が発売され、園部さんとのつながりが、ひとまずではあるがこれでなくなることになる。もっとも、一方的に綾乃が不安になっていただけで、園部さんがどんな気持ちでコン・ブリオに通っていたかもわからない。
そもそも哲也が自分を不安にさせるようなことは何一つしていなかったのだ。

「もう嫉妬なんかしませんよ。」

綾乃の言葉に哲也は笑いながらも言った。

「まあ、せっかくの最終回だしさ。ぜひご覧ください。じゃあ、また夜に」

そういって哲也を乗せた送迎車が行ってしまうと、残された綾乃は雑誌を開いた。シェフの秘密のレシピのページを見て、思わず顔を赤らめる。
そこには見たことのあるドルチェがあった。そして自分には縁がないと思っていた言葉も。


「お疲れ様です!今日もいい番組になりましたね!」

デスクで収録後の事務作業をする綾乃にそういってコーヒーを持ってきたのは智香。綾乃はありがとうと受け取って、智香のこともねぎらう。

「ところでこれ!」

まだ若い智香は元気よく一冊の雑誌を取り出した。

「石崎シェフの雑誌の連載の最終回見ました?これ、さっきコンビニで買ってきたんですけど、このデザート、恋人に告白したときに作ったんですって。こんなの自分のためだけに作ってくれたらOKしないはずないですよね。それで今度はこんな紙面使ってプロポーズして、これは特別なレシピって紹介するなんて…はあ、羨ましい~」

興奮する智香をあしらうように、はい、はいと返事をして綾乃は顔をパソコン画面に向ける。

デスクには智香の手元にあるのと同じ雑誌があった。
その一ページには、イタリアの美しいプレートに盛り付けられたティラミスがある。プレートにはたっぷりのベリーに加え、チョコレートソースでハートマークが描かれていた。

今夜、綾乃はディナーに招待されている。たぶん、本物を見るだろう。
雑誌にレシピを公開しても他の誰も再現できない、たった一つ。

その特別なティラミスの写真をもう一度見て、綾乃はわずかに顔がにやけるのを抑えながら、哲也の二度目の告白の返事を考えていた。




・・・エピソード2に続きます・・・

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