イケメンシェフの溺愛レシピ
「ところで二人は似ているわね。おいしいものを食べてもらうのが喜びっていうのが、すごく伝わってくる」

綾乃が言うとフラヴィオは笑顔を見せてGrazie、アリガトーと言った。こういうフレンドリーさというか、気さくさは哲也とは反対かもしれない。どちらかと言うと哲也は自他ともに厳しい職人タイプだから。そんなことを思いながら、哲也と初めて一緒に仕事をしたときのことを思い返していた。頑固な彼とは衝突ばかりだった。でも結果、なんだかそのこだわりの強さも含めてお互いを認め合えたのだ。

「オカシイ?」

ついにやけていた綾乃にフラヴィオが聞いた。

「ううん。あなたとの仕事は順調よ。順調すぎて、笑っちゃった。」

呼びつけられたり連絡が多かったりはするものの、決して仕事しにくい相手ではなかった。「テレビ放送後の反響が楽しみね」
なんて、今から言う綾乃にフラヴィオもそうだね、と返事をした。

「ところでアヤノ。テツヤの料理と比べてドウ?」

突然の質問に、ステーキを味わう余裕もなく飲みこんでしまう。

「どちらもとてもおいしいわよ。」

いかにも日本人らしい、曖昧な綾乃の返事にフラヴィオは納得していない様子だった。

「どうしたら、テツヤよりオイシイ?」

その言葉に、初めて会った時に話してくれたことを思い出す。後から来たのに一番弟子の座をとられたと言う話だ。よほどプライドが傷ついたのだろう。そしてきっと今も悔しい想いを抱えたままなのだ。どちらもおいしい、と言う誉め言葉もまた、彼にとっては屈辱でしかないのかもしれない。綾乃はどうにか言葉を選んで言う。

「あなたの料理も、本当においしい。同じ師匠に支持していただけあって石崎シェフと同じように、素材の味を大事にしているし、もちろんセンスも素晴らしいと思う。違いがあるとしたら、哲也のほうが細かいかもしれないわね。和食の繊細さがどこか感じられる。フラヴィオの料理は、イタリアの食に対する貪欲さ、エネルギーっていうのかな、それがすごく感じられるかな」

抽象的な表現に加えて、日本語で説明するとなおさらよくわからない表現だったかなと思って綾乃はもう一度口を開く。

「素材の味がストレートに来る感じ。ヴェリタ、真実と言う名前通り、これがイタリア料理の真実なんだと感じられたわ」

そう言ったところで、フラヴィオが少しだけ納得したような、それでも府に落ちないような顔をして、もう一杯グラスにワインを注いでくれた。

ありがとうと言ってその赤い液体を口に含むと、思った以上にアルコールが強く感じられる。どうやらすきっ腹にワインを入れたのがまずかったかもしれない。普段以上にお酒が回っている感覚があった。

「ごめんなさい、お水をもらえる?」

そう言うと、フラヴィオは厨房に戻ってイタリアのガスォーターの瓶とグラスを持ってきてくれた。
ボトルから注がれた、わずかに気泡の弾ける透明の液体を、どうぞ、と言うようにフラヴィオがだ差し出す。イタリアの天然ガスウォーターだ。
綾乃はありがとう、と言って受け取ろうとしたときだった。

「テツヤの料理よりおいしかった?」

その瞬間、彼はグラスを持っていないほうの手で綾乃の頬に触れた。その長い人差し指の先は、唇に触れる。ほんの数分前まで、おいしい、おいしいと彼の料理を食べた口元。
とたんにアルコールが体から抜けていく気さえする。気が付けば閉店後1時間。店内にいは自分とフラヴィオの他に、誰もいない。

「…同じくらい」

どういう返事をするのがベストだったのかわからない。ただ、これ以上おかしな展開にならないようにしなくてはと、綾乃はアルコールの入った頭で必死に考えた。

「テツヤ以上だと、言わせたいなあ」

フラヴィオはそう言うと、綾乃の唇に振れるその指先に、少しだけ力を入れて唇のラインをなぞる。
その感触は、哲也と似ているのに違う。強烈な違和感。

「どうしたらテツヤ以上に?」
「そんな、比べようのないことじゃない」

動揺しつつ綾乃が言ったその瞬間、くらりと体が傾く。そしてすかさずフラヴィオに抱きかかえられた、そのときだった。

「綾乃、迎えに来た」

聞き覚えのある声。入口のほうを見ると、店内に入って来たのは、哲也だった。

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