本当の名前が 聞きたくて………
「はい」
小高い丘の公園のベンチにシルは座っていた。
シルは突然名前を呼ばれたにもかかわらず
驚きもせず自然に返事をしていた。
シルはこの公園が好きで
ここにいるだけで心が穏やかになる。
シルにとっては一番好きな場所。
一番落ち着ける場所。
うれしいときも悲しいときもここに来て
空と大地と一緒に共有するのが
シルにとっては好きだった。
そしてこの好きな場所で『シルさん』と
聞こえてきた声が心地よい耳障りだった。
私と一緒にいてくれる人がいるって思えるような
安心感がその声にはあった。
だから『はい』と驚きもせず
優しい返事をしていた。
「えっ。シルさん」
「なんでシルさんがここに......」
「お姉さんは何でも知ってるって言ったの覚えてないの」
シルさんはこちらを向いていて少し身体を傾けて首も少し傾げていた。
人差し指だけがかわいらしくこちらを向いているのがわかる。
暗くてその女性のシルエットしか見えないが想像ができる。
そこには男をドキドキさせる小悪魔的な仕草をする女性がいると。
「なんでも知っているお姉さんは
ここでじょうくんが来るのを待っていたのです」
「えっ、えっ......」
いつもなら俺は冷静なのに今日は違う。
テンパっている。
「なんで......」
状況に追いついていけてない。
ポンッ、ポンッ
シルは自分の座っているベンチの隣を手で叩くそぶりをする。
「おいで」
「......はい......」
言われるまま隣に座る。
ベンチに向かって歩くまでの間も
なにが起こっているのかわからなすぎて
なにも考えられない。
でも鼓動だけは波を打ち続ける。
静まらない。落ちつかない鼓動。
それだけが耳のすぐ後ろから聞こえ続ける。
「延長料金60分8000円になります」
右手の手のひらを上に向けて俺の方へかわいく突き出す。
落ち着いているけどなぜか楽しそうでうれしそうな声だった。
シルさんの表情が少しだけ見える。
優しい笑顔のようにも見えたが
素敵な小悪魔にも見えた。
「......」
おれはなにも返事が返せなかった。
月に照らされたシルさんがあまりにもきれいで
そしてかわいくて。
俺の中の時間が止まってしまった。
きれいな星空も夜景も目に入らない。
今日あった出来事も思い出せない。
『素敵な小悪魔』
時間も奪い去る。
周りの景色も奪い去る。
いま、このとき以外も奪い去る。
すべてを奪い去る素敵な小悪魔。
俺にとってシルさんがそういう存在になった瞬間だった。
ぶるぶるっと心の中で頭を振る。
ようやく我に返った。
シルさんから話しかけられたことを思い出す。
(延長料金60分8000円になります......)
コウヘイがサイゼで言っていたことを思い出す。
ホステスさんには同伴やアフターというシステムがあり、
好きなホステスさんを外に連れ出せる仕組みが存在すると。
そこにもいろいろお金がかからしいが
お店ではなく2人だけの時間を外で過ごせるから
支払うお金以上の価値がそこにはあると力説をしていた。
すべてネット調べらしいのだが......
「8000円ですね......」
そう言いながらズボンの前ポケットからマネークリップを取り出す。
友達はみんな長財布やおしゃれな財布を使うけど俺はマネークリップが好きだ。
無駄が一切ない。かさばらない。財布にこだわりがない。
周りからは馬鹿にされるが気にはならない。
「マネークリップ......」
シルさんが小さな声でつぶやく。
「笑ってもいいよ。高校生がマネークリップってダサいよね
周りからは引かれてるけど俺はこれが好きだから」
「好き......」
「えっ......」
「マネークリップ、好きだよ」
シルさんには敵わない。
突然の好き。とおもいきや
マネークリップのこと。
なにが起こっているのか整理が追いつかない。
でもマネークリップを肯定してくれた。
俺のことを肯定してくれたようにも感じた。
「シルさん、ありがとう」
マネークリップを褒められて素直にうれしくて
笑顔でお礼を言ってしまった。
「はい、8000円」
手渡ししようとすると
「冗談だよ。いらないよ」
「いや、でもホステスさんと2人で
外に出て話するのもお金がかかるって聞いたから」
「ははははっ、くくくっ」
シルは笑いをかみ殺しながら笑っている。
「さすが高校生。純粋だね。本当にいらないから安心して」
「仕事の延長線上で会うならお金はかかるけど
プライベートで会う分にはお金はかからないよ」
「そしてこれはプライベートだよ」
最後の一文に素敵な小悪魔が現れる。
またもやすべてが奪われてしまう。
シルさんしか見えなくなる。
時間も景色も過去もすべて忘れ去られる。
そこに不意に言葉が飛んでくる。
「今日、このあとこのまま一緒にいてくれる......?」
小高い丘の公園のベンチにシルは座っていた。
シルは突然名前を呼ばれたにもかかわらず
驚きもせず自然に返事をしていた。
シルはこの公園が好きで
ここにいるだけで心が穏やかになる。
シルにとっては一番好きな場所。
一番落ち着ける場所。
うれしいときも悲しいときもここに来て
空と大地と一緒に共有するのが
シルにとっては好きだった。
そしてこの好きな場所で『シルさん』と
聞こえてきた声が心地よい耳障りだった。
私と一緒にいてくれる人がいるって思えるような
安心感がその声にはあった。
だから『はい』と驚きもせず
優しい返事をしていた。
「えっ。シルさん」
「なんでシルさんがここに......」
「お姉さんは何でも知ってるって言ったの覚えてないの」
シルさんはこちらを向いていて少し身体を傾けて首も少し傾げていた。
人差し指だけがかわいらしくこちらを向いているのがわかる。
暗くてその女性のシルエットしか見えないが想像ができる。
そこには男をドキドキさせる小悪魔的な仕草をする女性がいると。
「なんでも知っているお姉さんは
ここでじょうくんが来るのを待っていたのです」
「えっ、えっ......」
いつもなら俺は冷静なのに今日は違う。
テンパっている。
「なんで......」
状況に追いついていけてない。
ポンッ、ポンッ
シルは自分の座っているベンチの隣を手で叩くそぶりをする。
「おいで」
「......はい......」
言われるまま隣に座る。
ベンチに向かって歩くまでの間も
なにが起こっているのかわからなすぎて
なにも考えられない。
でも鼓動だけは波を打ち続ける。
静まらない。落ちつかない鼓動。
それだけが耳のすぐ後ろから聞こえ続ける。
「延長料金60分8000円になります」
右手の手のひらを上に向けて俺の方へかわいく突き出す。
落ち着いているけどなぜか楽しそうでうれしそうな声だった。
シルさんの表情が少しだけ見える。
優しい笑顔のようにも見えたが
素敵な小悪魔にも見えた。
「......」
おれはなにも返事が返せなかった。
月に照らされたシルさんがあまりにもきれいで
そしてかわいくて。
俺の中の時間が止まってしまった。
きれいな星空も夜景も目に入らない。
今日あった出来事も思い出せない。
『素敵な小悪魔』
時間も奪い去る。
周りの景色も奪い去る。
いま、このとき以外も奪い去る。
すべてを奪い去る素敵な小悪魔。
俺にとってシルさんがそういう存在になった瞬間だった。
ぶるぶるっと心の中で頭を振る。
ようやく我に返った。
シルさんから話しかけられたことを思い出す。
(延長料金60分8000円になります......)
コウヘイがサイゼで言っていたことを思い出す。
ホステスさんには同伴やアフターというシステムがあり、
好きなホステスさんを外に連れ出せる仕組みが存在すると。
そこにもいろいろお金がかからしいが
お店ではなく2人だけの時間を外で過ごせるから
支払うお金以上の価値がそこにはあると力説をしていた。
すべてネット調べらしいのだが......
「8000円ですね......」
そう言いながらズボンの前ポケットからマネークリップを取り出す。
友達はみんな長財布やおしゃれな財布を使うけど俺はマネークリップが好きだ。
無駄が一切ない。かさばらない。財布にこだわりがない。
周りからは馬鹿にされるが気にはならない。
「マネークリップ......」
シルさんが小さな声でつぶやく。
「笑ってもいいよ。高校生がマネークリップってダサいよね
周りからは引かれてるけど俺はこれが好きだから」
「好き......」
「えっ......」
「マネークリップ、好きだよ」
シルさんには敵わない。
突然の好き。とおもいきや
マネークリップのこと。
なにが起こっているのか整理が追いつかない。
でもマネークリップを肯定してくれた。
俺のことを肯定してくれたようにも感じた。
「シルさん、ありがとう」
マネークリップを褒められて素直にうれしくて
笑顔でお礼を言ってしまった。
「はい、8000円」
手渡ししようとすると
「冗談だよ。いらないよ」
「いや、でもホステスさんと2人で
外に出て話するのもお金がかかるって聞いたから」
「ははははっ、くくくっ」
シルは笑いをかみ殺しながら笑っている。
「さすが高校生。純粋だね。本当にいらないから安心して」
「仕事の延長線上で会うならお金はかかるけど
プライベートで会う分にはお金はかからないよ」
「そしてこれはプライベートだよ」
最後の一文に素敵な小悪魔が現れる。
またもやすべてが奪われてしまう。
シルさんしか見えなくなる。
時間も景色も過去もすべて忘れ去られる。
そこに不意に言葉が飛んでくる。
「今日、このあとこのまま一緒にいてくれる......?」