本当の名前が  聞きたくて………
杏子先生は携帯で誰かと話をしていた。

お取り込み中かと思い、屋上を諦めようと思ったそのとき
「もういい!」と七瀬先生が声を荒げて電話を切った。
そして屋上の出入り口に向かって走り出そうとした。

「!!」

先生と目が合った。先生が立ち止まる。

おれはそっと扉を閉めてその場を立ち去る。

(見ちゃいけないところ見てしまった...
 杏子先生大丈夫かな。
 とっさにその場から立ち去ってしまったなぁ)

考えながら文芸部の部室へ向かう。

「ガラガラっ」
部室の扉を勝手にあける。
もちろん誰もいない。

部室は大きくは無いが両サイドに本棚が並んでいる。
真ん中に机と椅子が向かい合わせで2セットある。

俺は机と椅子で寝るのはイヤだったので
それらを奥に追いやってフロアで寝ようと思った。
もちろん本棚の本を数冊取って枕代わりにするつもりだ。

面倒だから机と椅子を押すように動かす。

「ぱたっ」

何かが倒れる音がする。

奥にカバンが横たわっていた。
カバンから中身が一部飛び出していた。

誰のカバンかわからんけど申し訳ない気持ちになった。
元に直そうとカバンを手に取り、外に落ちたモノも手に取った。

右手に持ったそのモノは最初ハンカチだと思った。
かなり小さいフリフリのデザインのハンカチかと思った。

手に取るとそれはほどけるように拡がる。

Tバックの下着だった。

「あっ!」

声を出してしまう。

そして初めて手に取るその下着をまじまじと見てしまう。

「えっ!」

部室の扉の方から女性の声がする。

目が合う。
気が動転してなにも考えつかない。
どうしよう......

でもなぜかその女性の顔は焼きついている。
一見地味に見えるが端正な顔立ちをしている。
まわりの女子高生のように少しオシャレをしたら
大化けしそうな顔立ちだった。

扉近くから見ていたその女子高生はそのまま俺に近づいてきた。

普通は、最低!とか、きゃー!とか、泣き始めるとか
おこるようなシチュエーションのような気もするが
全くそれも無く、
何事も無かったかのように近づいてきた。

そしてそのままおれの頬を平手打ちした。

「ぱちっ」

見事なクリーンヒット。
きれいに当たりすぎて痛くない平手打ちだった。

でもおれはなにも反応ができなかった。
平手打ちされたのは人生で初めてだった。

その女子高生は平手打ち後すぐに俺の手から
下着とカバンを奪い去り
なにも言わずに部室を去って行った。

(やってしまった。これが広まったら変態扱いされる)
とおもいながらも人生初めての平手打ちよりも
人生初めての生Tバックのほうが衝撃が大きかった。

奈々先生がTバックを履いていること
杏子先生の見てはいけない姿
人生初めての平手打ち
そして生Tバックとの初めての出会い

いろんな事が一気に起きて頭が追いついていない。
刺激的なことが続き心がドキドキしている。

ちょっと落ち着こう。寝るためにここに来たんだ。
まずは寝よう。

俺は切り替えのできる男だ。
本を数冊取り出す。

一冊の本が目にとまる。

「年上」

今の俺にはぴったりのタイトルだった。
3冊ほど枕にして眠い中、今の自分には「年上」を読まない選択肢はなかった。少し読んでみることにした。

その本にはこんなことが書かれていた。

年上の女性は年下の男性に対しては役を演じます。
なぜなら年下に対しては母性本能が無意識に現れるからです。
多くは年下の男性に対してのみ現れます。
その年上の女性の本当の素顔はまったく別物です。
年上女性の役割を演じる傾向の強い人ほど本当の素顔は
甘えん坊だったりわがままだったりします。
年下扱いされている限り本当の恋に発展することは
ないでしょう。

「なるほど。シルさんはじぶんのことをMって
 ほのめかしていたな。おれがいじめた方が
 恥ずかしそうにしながらも嬉しそうだったな」

シルさんとのやりとりを思い出す。

それでも少し本を読んだだけで眠気に襲われる。

その本を顔に被せて寝に入る。

……………………


そこで眠ってしまったのがきっかけで
おれは文芸部の2番目の部員となることになった。
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