鬼の子
真実を知るのが怖くてたまらなくなり、走ってその場から逃げた。
「あ、ちょっと待って!」
背後から聞こえる看護師さんの呼び掛けにも振り向くことが出来ずに走った。
行き場所をなくした私は、家に帰る気にもなれず、病院の中庭のベンチに腰掛ける。
どれくらいの時間が、過ぎたのだろう。何も考えたくなくて、ひたすらぼーっと外の景色を眺めていた。
「何やってんだよ。こんなところで」
ふわっと花束のような香り、恋しくて仕方なかった香りがした。
「・・・・・っ」
声にならなかった。声を出したら泣いてしまいそうで。
点滴スタンドを片手に押しながら、パジャマ姿で現れた綱君は、この病院の患者だということがまぎれもない事実だと教えてくれた。
「あの看護師さ、1年目なんだけどよ。
患者の個人情報言うとかやばくね?本人は『言ってないわよー』って言ってたけど」
よいしょっ、と呟きながら、隣に座って私の顔を覗き込む。
「お前の様子見た限りは、絶対言ってるよな」
ハハっ笑った声はいつもより元気がなくて、空笑いにも見えた。
「看護師さん、言ってはないよ?一緒にいられる時間を大切に、としか言ってない」
「ぶはっ。それ、俺がもう直ぐ死ぬって言ってるようなもんじゃん」
いつもと同じようにおどけたように笑っていたけど、それがまた辛くなった。
久しぶりに見る綱くんは、心なしかやつれたようにも見える。