朝を綴る詞
「ずっと、詞に関わる仕事がしたくて、
ずっとずっと夢見てきた。

だけど、叶うことはなくて、
この夢はもう諦めよう。

もう無駄だからって
自分自身に言い聞かせてたつもりだった。

でも、心のどこかでは諦めきれなくて、
こうやって気づいたら続けてた。

誰の目にも止まらず、
一生叶うことなんてないと思ってたけど、
そんなことはなかったんだね。」



少女は何も言わず、
ただただ自分の話に耳を傾けている。



「自分に才能があるとは思ってない。
だけど、無駄に諦めが悪いという才能は
持っている。

……こんな自分だから、
キミの音に詞を紡いでみたいと思ってる。」



「……ありがとう!」



ぎゅっと手を握って
嬉しそうに笑いかける少女。

その笑顔につられて、自分も笑顔になる。




「よし、そうしたら
先程の音源をCDに入れてきたので、
これに詞をお願いします。

期限は設けていません。

貴方が満足する詞が欲しいです。

あ、でも、私たちの歌を早く聴きたいので
完成したら早めにください!」




用意が良すぎることに驚きつつも、
口早に説明をしCDを手渡す少女の顔は、
今まで好きな詞に真剣に
楽しく向き合ってきた
あの頃の自分の顔と同じで、
つい嬉しい気持ちになる。

そんな空気に浸っていると、
ジャケットのポケットに入っている
スマホがブルブルと震える。

急いで取り出すと会社からの電話だった。




「……はい、お疲れ様です。」


『お前、
無断欠勤とはいい度胸をしているなあ!!』


「無断……?あーーーーー!!」




お怒りの上司からの言葉で
やっと時間のことを思い出す。

スマホに映った時刻は、10時38分。

38分という大遅刻をしてしまった。




「も、申し訳ありません!
もう近くにいますのですぐに向かいます!」




慌てて電話を切ると、
カバンの中にCDを入れる。

少女の方を見ると、
少女も学校か何か用事があったようで
青ざめた顔をしている。

2人であわあわとした後、
目が合ってプッと吹き出してしまった。



「じゃあ、また。」


「はい、また!」


「「朝にこの場所で。」」



反対方向に背中を向けて走り出す。

いつもは仕事に行くことも
上司から叱られることも嫌だけど、
今日は不思議とまた次気をつけようと
思うことができた。



「おはようございます!」



自分でも笑ってしまうくらいに、
はっきりとした声で挨拶をした。

上司や周りの人には少し驚かれたし、
仕舞いには
「何かいいことでもあった?」
なんて聞かれてしまったけど、
いつもと違って1日を始める挨拶は
とても気持ちが良かった。


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