カクテル
その日の夕方、
週末の金曜日という事もあってか、
同期の武田くんが麻理さんを飲みに誘いにきた。
「麻理先輩、良かったらこの後一杯どうですか?」
「ごめんね武田くん、今日は先客がいるんだ、また今度誘ってね」
せっかく意を決してチャレンジしたのに、麻理さんは間髪入れずに断りの返事を返した。
項垂れて帰る武田くんの後ろ姿が可哀想に見える。
隣の席に座っているから良くわかるけど、麻理さんを飲みに誘う人は月に何人かいる、
麻理さんは断り文句をいくつも用意していて、その都度状況に応じて上手く使い分けていた。
武田くんは、僕の知る限り最もオーソドックスな断り文句で敢えなく撃沈されてしまった。
定時をまわって帰り支度をしていると、麻理さんが横から僕の顔を覗き込んで、
「君嶋くんは、この後なにか予定あるの、
良かったら私に付き合わない、
この前の打ち上げも兼ねて、どうかな?」
麻理さんは手にグラス持つ仕草をして僕を誘った。
「先客がいるんじゃなかったんですか?」
麻理さんは、可愛く舌をペロって出して、
「嘘だよ、今日は君嶋くんと飲もうかなって思ってたから断っちゃった、私じゃ嫌だった?」
「いえ、凄く嬉しいですけど、
僕なんかで良いんですか?」
女性と二人きりでお酒を呑むなんて、今まで経験したことがなかった。
しかも、相手が同期の男子皆んなが憧れる麻理先輩だなんて信じられない、、
「私は君嶋くんと飲みたいの!」
そんな嬉しい事言ってくれるんですか、
麻理さんは、僕に彼女が居るのを承知で、意味ありげに言葉を続ける。
「もっと、いろんな経験を積んで、彼女をエスコートしなきゃ、ねっ君嶋くん」
胸の高鳴りが止まらない、いろんな経験ってどういう経験ですか、
僕の知らない大人の世界かな?
たった3つしか変わらないのに、僕の目には彼女が凄く大人に映るのは何故だろうか。