カクテル
2.エンジェルキッス(あなたに見惚れて)
「君嶋くん、こうやった方が早いよ」
パソコンに向かって、依頼された文書をワープロ打ちしていると、通りがかりの先輩に背後からダメ出しされた。
彼女は、マウスを持つ僕の右手に自分の手を重ね合わせて動かすと、指を絡めるようにボタンをクリックする。
突然の出来事に、
耳が熱くなり、胸の鼓動が速くなった。
しなやかな細い指が絡みつき、包み込むような柔らかな温もりが僕の未熟なハートを弄んでいる。
「ねっ、わかった? まずはマニュアルをしっかり読んでからじゃないと本来の機能の半分も使いこなせないよ」
彼女の名前は、芳崎 麻理さん、
僕と同じくコンピュータの専門学校出身で、同じ職場の三年先輩だった。
大卒がほとんどの会社の中では、同じ専門学校卒ということで何かと僕の事を気に掛けてくれていた。
半年前の配属されたばかりの職場の新人研修では、芳崎さんは講師を務めていた。
「皆さん、いいですか?
プログラムの開発には16進数を使います。
普段私たちが生活で使ってるのは10進数で10になると位が一桁上がるよね。
でも、16進数は16になると位が上がります。
数字は0から9までしかないから、10はA、11はBといったようにアルファベットを当ててます」
彼女の説明は、分かりやすくて無駄がなかった。
話し方も優しく丁寧で、耳に届く心地よい響きが堪らない、彼女の声を聞いているだけでウットリと幸せな気分になれた。
ホワイトボードに向かって文字を走らせる後ろ姿は、まるでオーケストラをタクト一本で操る指揮者のように滑らかで美しい。
身長は余り高くなかった、160cmぐらいで、
アスリートを連想させるバランスの取れた引き締まった体型とスラッと伸びた長い脚が魅力的だった。