カクテル
5. カシスソーダ(あなたは魅力的)
次の月曜日、週末の出来事が頭に残って憂鬱な気分で出社すると、
田中主任は既に自分の席に座って仕事をしていた。
「主任、おはようございます」
「あぁ、おはよう。君嶋くん、ちょっといいかな?」
いったい何を言われるのか、身構えてしまう。
主任は、書類を僕に手渡しながら、
「◯◯汽船から通信プログラムの改造依頼が来てるんだ、これを君に頼みたい。期限はお客様の希望で今月末だ、いいかな?」
相変わらず要点だけを簡潔に話す主任は、この前の事はおくびにも出さない。
「主任、ちょっと待って下さい」
いつの間にか出社していた麻理さんが、今の話を聞いていたのか会話に割り込んできた。
麻理さんは、僕の手から書類をもぎ取って目を通すと、
「この仕事は、君嶋くんにはまだ無理です」と言った、
教育係の麻理さんは、当然僕の今の能力を把握している。
「それなら、君が一緒に手伝ってやればいい」
主任は、麻理さんの顔を見もせずに冷たく言い放った。
「私も大きな仕事を抱えていて、そんな余裕はありません」
麻理さんがそう言うと、主任はニヤついた顔で、
「芳崎さんなら、時間外でも手取り足取り教えてやれるだろう。
なあ君嶋くん」
そういうことか、主任は僕らに無理難題を押しつけて楽しんでいる。
麻理さんは拳を握って怒りを抑えていた。
「もういいです、やります」
わぁーまた強気な麻理さんがでてる、
僕にはわからないけど引き受けちゃって大丈夫ですか?
自分の席に座るや否や、僕の耳に口元を近づけて小声で、
「絶対に負けないからね、君嶋くんいい?
私の言う通りやればできるから頑張って」
麻理さんが言うと、本当にできる気がするから不思議だった。
その日から昼間は会社で、夜は麻理さんの家で仕事を進めることになった。