カクテル

職場に配属されて八ヶ月余りが経った頃、

その日僕は、
フレックスタイムで通常より一時間遅く出社すると、社内は唯ならぬ空気に包まれていた。

デスクの間を人が慌ただしく動いている、

電話対応に追われる人や、机の上にプログラムリストを広げて考え込む人、会議室では緊急の会議も開かれているらしい。

自分の席に着くなり直ぐに隣りの麻理さんに小声で訊ねた、

「何かあったんですか?」

彼女も内緒話のように右手で口元を隠して、
「◯◯鉄道の座席予約システムがダウンしたんだって、皆んな対応に追われてパニック状態だよ」


「君嶋くん、ちょっと来て」

椅子に座ったばかりの僕を田中主任が呼んだ、

「話は聞いた? どうもうちのソフトも関係してるみたいだから、芳崎さんの指示に従ってサポートしてあげて」

「はい、わかりました」

グループリーダーである田中主任は、無駄な言葉は一切使わない、笑顔も少なくて人に冷たい印象を与える。


席に戻って田中主任に言われたことを麻理さんに話して指示を仰いだ。

「何を手伝えばいいですか?」

「そうね、もうすぐシステムセンターに張り付いているSE(システムエンジニア)からダンプファイルが届くから、プログラムのログ(動作履歴)を見て動きを確認したいの、今日は長丁場になるから、覚悟しといた方がいいよ」

問題が解決するまで帰れないという事らしい。

◯◯鉄道のシステムセンターには、当社のSEが常駐していて、共同でシステムの開発とメンテナンスを行なっていた。

そのSEにトラブル発生時のコンピュータの状態をファイルに落として社内便で送ってくれるよう依頼しているそうだ。

「君嶋くん、ファイルが届いたらすぐに調べたいから、端末の電源を入れてスタンバイしといてくれる?」

「はい、分かりました」

< 4 / 72 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop