弊社の副社長に口説かれています
「──実は、妹に一緒に住みたいと言われまして」
「あー……」
尚登は頷く、日曜日にぽつりと家族とうまくいっていないと言っていたのは覚えている。
「その、どうしても家を出たい事情があるそうで、だったら妹を匿ってあげなくては思うんですけど、何年もろくに会っていなかった人たちと今更関わり合いを持つ勇気が持てなくて」
言葉を選び語ることを、尚登はうんうんと頷き聞いた。
「毎日電話をくれます……相当切羽詰まっているというのは判るんですけど……いいよって言ってあげない私は、とても冷たい人間なのかと思って自分が嫌になるんですけど……でもやっぱりおいでとは、どうしても言えなくて」
「いいと思うけどね」
尚登ははっきりと告げる。
「家族だからって自分の気持ちに嘘をついてまで犠牲になる必要はないだろ。どうしても一緒に住めないというならそれが君の心だ、それに従うほうがいい」
「──はい」
力強い肯定に勇気はもらえたが、それでも陽葵の決心はつかない。それを史絵瑠に伝えればどんな反応があるのか、それが怖かった。
「なんでそこまで悩むのか、聞いても平気?」
陽葵の様子に何があったのかのほうが気になった、何年も会っていないと言っていた、親し気に話しかけられたと泣いていた、そして一緒に住むことを拒絶している──過呼吸になるほどの家族とはどのようなものなのか。
陽葵は膝の上で拳を握り締めた、尚登が心配をしてくれていると判る。こんなところにまで呼び出し話を聞いてくれようとしているのだ──とそこへビールと、最初の料理である前菜の盛り合わせがやってきた。
「まあ、まずは乾杯」
尚登がキンキンに冷えたジョッキを持ち上げる、陽葵も持ち上げ乾杯としお互いに口をつけた。尚登は喉を鳴らして大きく二口も飲む。
「ぷはーっ、やっぱり仕事のあとの1杯は最高! ああ、食べながら話そう」
尚登が箸を取ったので陽葵も倣い料理を口に運ぶ、マグロの漬けがおいしく思わず唸った。
「妹さんは社会人? 藤田さんの年齢から考えれば大学生か」
尚登の言葉に、急に現実に引き戻された。
「はい、2歳年下で大学生です。聖ミシェルだと言ってました、留年などしていなければ4年生かと」
「ほほう、泣く子も黙るお嬢様学校だ」
さすがの尚登も知っている、通う学生もそれなりのプライドを持っていることも。
「藤田さんも?」
「いえ、あの、私は東大です」
「ああ、東大か」
陽葵の履歴書を見ていた、それをすっかり忘れて質問していた。
「すげーじゃん」
名の通った最高学府と言われる大学だ。
「そんな。副社長はハーバードだと伺ってます、そんな方に褒められても」
嫌味のように謙遜してしまったが取り返しはつかない、だが尚登は微笑み答える。
「まあ勉強は好きだったのは事実だな。藤田さんなら判るかね、勉強ってさ、先取りで詰め込めばいいわけじゃん」
「え、まあ……」
確かに大学受験に向けてはとにかく詰め込んでいたように思い陽葵は頷いた。
「で、それに関して言うと親は金をかけてくれたね。塾は三つ掛け持ち、一日18時間は勉強してたけど」
陽葵は小さな声で、ひえ、と声を上げていた。自分はそこまで勉強に打ち込んだだろうか。
「まあそれは中学までの話、そこでなんかブチ切れて、中高一貫校だったのを高校はアメリカに行くって飛び出したんだけど」
「そうなんですね……でもそれで大学院まで行ったなら……羨ましいです」
陽葵の小さな呟きに尚登は首を傾げる。
「あ、すみません、私も本当はもっと勉強をしたかったんですけど……私は親から見捨てられたので、お金がなくて早く働く必要に駆られていて、先の勉強ができなかったのがちょっと悔しいんです」
親が親身になってくれても大学院まで行けたかは判らない、それでも選択肢から消さなくてはいけないのは悲しいことだった。
「──君は親から見捨てられ、妹さんは学費が億だとか言われちゃうお嬢様学校に通うってどういうこと」
尚登の怒った口調に、陽葵は救われた気がした。億と言うのはもちろん大げさだが、年間の学費は安くはなく、噂ではかなりの寄付も要求されるとのことでそんな評判が立っているのだ。
陽葵は淋し気に微笑み語り出す。
「うち、両親が再婚なんです、私たち姉妹はそれぞれの親の連れ子です。私の血縁者は父ですけど、父も妹がかわいいようです」
実際陽葵から見てもかわいいと見惚れた、見た目だけじゃなくて仕草や喋り方などすべてが女の子らしかった。父の京助もそんなところに魅力を感じたのだろうか。
「──妹が泣くと私が意地悪をしたときつく叱られました、継母にはもちろん、父にもです。ぶたれり蹴られたことも……自分ではなにかした覚えはないんですが、再婚して間もなくからでした。私のことは目障りだったんでしょう、中学受験を勧められそれは遠く九州の中高一貫校で、寮に入りました」
語り出すと止まらなかった、尚登は頷きながら聞く。
「あー……」
尚登は頷く、日曜日にぽつりと家族とうまくいっていないと言っていたのは覚えている。
「その、どうしても家を出たい事情があるそうで、だったら妹を匿ってあげなくては思うんですけど、何年もろくに会っていなかった人たちと今更関わり合いを持つ勇気が持てなくて」
言葉を選び語ることを、尚登はうんうんと頷き聞いた。
「毎日電話をくれます……相当切羽詰まっているというのは判るんですけど……いいよって言ってあげない私は、とても冷たい人間なのかと思って自分が嫌になるんですけど……でもやっぱりおいでとは、どうしても言えなくて」
「いいと思うけどね」
尚登ははっきりと告げる。
「家族だからって自分の気持ちに嘘をついてまで犠牲になる必要はないだろ。どうしても一緒に住めないというならそれが君の心だ、それに従うほうがいい」
「──はい」
力強い肯定に勇気はもらえたが、それでも陽葵の決心はつかない。それを史絵瑠に伝えればどんな反応があるのか、それが怖かった。
「なんでそこまで悩むのか、聞いても平気?」
陽葵の様子に何があったのかのほうが気になった、何年も会っていないと言っていた、親し気に話しかけられたと泣いていた、そして一緒に住むことを拒絶している──過呼吸になるほどの家族とはどのようなものなのか。
陽葵は膝の上で拳を握り締めた、尚登が心配をしてくれていると判る。こんなところにまで呼び出し話を聞いてくれようとしているのだ──とそこへビールと、最初の料理である前菜の盛り合わせがやってきた。
「まあ、まずは乾杯」
尚登がキンキンに冷えたジョッキを持ち上げる、陽葵も持ち上げ乾杯としお互いに口をつけた。尚登は喉を鳴らして大きく二口も飲む。
「ぷはーっ、やっぱり仕事のあとの1杯は最高! ああ、食べながら話そう」
尚登が箸を取ったので陽葵も倣い料理を口に運ぶ、マグロの漬けがおいしく思わず唸った。
「妹さんは社会人? 藤田さんの年齢から考えれば大学生か」
尚登の言葉に、急に現実に引き戻された。
「はい、2歳年下で大学生です。聖ミシェルだと言ってました、留年などしていなければ4年生かと」
「ほほう、泣く子も黙るお嬢様学校だ」
さすがの尚登も知っている、通う学生もそれなりのプライドを持っていることも。
「藤田さんも?」
「いえ、あの、私は東大です」
「ああ、東大か」
陽葵の履歴書を見ていた、それをすっかり忘れて質問していた。
「すげーじゃん」
名の通った最高学府と言われる大学だ。
「そんな。副社長はハーバードだと伺ってます、そんな方に褒められても」
嫌味のように謙遜してしまったが取り返しはつかない、だが尚登は微笑み答える。
「まあ勉強は好きだったのは事実だな。藤田さんなら判るかね、勉強ってさ、先取りで詰め込めばいいわけじゃん」
「え、まあ……」
確かに大学受験に向けてはとにかく詰め込んでいたように思い陽葵は頷いた。
「で、それに関して言うと親は金をかけてくれたね。塾は三つ掛け持ち、一日18時間は勉強してたけど」
陽葵は小さな声で、ひえ、と声を上げていた。自分はそこまで勉強に打ち込んだだろうか。
「まあそれは中学までの話、そこでなんかブチ切れて、中高一貫校だったのを高校はアメリカに行くって飛び出したんだけど」
「そうなんですね……でもそれで大学院まで行ったなら……羨ましいです」
陽葵の小さな呟きに尚登は首を傾げる。
「あ、すみません、私も本当はもっと勉強をしたかったんですけど……私は親から見捨てられたので、お金がなくて早く働く必要に駆られていて、先の勉強ができなかったのがちょっと悔しいんです」
親が親身になってくれても大学院まで行けたかは判らない、それでも選択肢から消さなくてはいけないのは悲しいことだった。
「──君は親から見捨てられ、妹さんは学費が億だとか言われちゃうお嬢様学校に通うってどういうこと」
尚登の怒った口調に、陽葵は救われた気がした。億と言うのはもちろん大げさだが、年間の学費は安くはなく、噂ではかなりの寄付も要求されるとのことでそんな評判が立っているのだ。
陽葵は淋し気に微笑み語り出す。
「うち、両親が再婚なんです、私たち姉妹はそれぞれの親の連れ子です。私の血縁者は父ですけど、父も妹がかわいいようです」
実際陽葵から見てもかわいいと見惚れた、見た目だけじゃなくて仕草や喋り方などすべてが女の子らしかった。父の京助もそんなところに魅力を感じたのだろうか。
「──妹が泣くと私が意地悪をしたときつく叱られました、継母にはもちろん、父にもです。ぶたれり蹴られたことも……自分ではなにかした覚えはないんですが、再婚して間もなくからでした。私のことは目障りだったんでしょう、中学受験を勧められそれは遠く九州の中高一貫校で、寮に入りました」
語り出すと止まらなかった、尚登は頷きながら聞く。