弊社の副社長に口説かれています
「6年間の寮生活で家に戻ったのは冬休みの数日だけです、それだけならと嫌々ながら帰ってました。その数日でも同じような扱いで、家に私の居場所はありませんでした。ですから早く独り立ちするために高校卒業後は九州での就職を希望していましたが、先生の勧めで大学進学を決めています。家族は私が大学に進学したことも、こちらに帰ってきたことも誰も知らないはずです、もう何年もどちらからも連絡を取ろうとなんかしていなくて──」
消え入る声に、尚登は息を吐いてから応える。
「──それで君は、穏やかに幸せに暮らしていたってことだ」
「──はい」
膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめた、まさにその通りだ、平穏に暮らせていた。
「──なるほどね」
尚登は頷く、陽葵が義妹と暮らしたくない理由が理解できた。
その時ドアがノックされて次の料理が運ばれて来る、フカヒレの姿煮に陽葵は目を丸くした、初めて食べる代物だった。
「そういう事なら、やっぱりきっぱり断るべきだな。君はせっかく毒でしかない親から逃げられたのに、下手に情に流されれば、また関りを持たざる得なくなる、そうしたらまたひどい目に遭う可能性があるんだろ」
「──でも……っ、今、義妹も大変な目に遭ってるんです……!」
「大変な目?」
──余計なことを言ったと陽葵は慌てて顔を伏せ表情を読まれまいとした。目の前のせっかくのフカヒレも喉を通らなくなる。
尚登は言葉の端々から想像した。どこか影のある表情や仕草は、親の仕打ちに由来しているのだろう。そして義妹も大変な目に遭っているとはいうがすぐさま救い出す方向で動けないのは、その虐待に史絵瑠も加担していたから──その義妹がなぜ陽葵と暮らしたいというのか──手にしたスプーンをゆらゆらさせながら考えた──それは当人でなければ判らない、判らないなら聞くのが手っ取り早い。
「君が断れないなら、俺が断ってやるわ」
「……はい?」
陽葵はきょとんとして返事をする。
「俺としてはやっぱり家族との縁は切ったほうがいいように思うぜ。妹さんが家を出たいと言うなら、今4年生なら春には卒業だろ、就職なりをきっかけにひとり立ちを勧めたらいい」
「でも家を出て行くなら月10万円を仕送りしろと言われているそうです、そんな出費を負うなら、私と一緒に住んで家賃や生活費は折半にできたらありがたいと考えているようで」
「それって真面目に取り合う必要ある?」
はっきりとした物言いに、陽葵は息を呑んだ。
「親御さんは無職なの? 子供が高給取りだっていうならまだしも、まだ学生の子に10万もの仕送りを要求するなんてあたおかだろ」
確かにそれを払わないからといって連れ戻されるようなことはないだろうが。
「働いてたってきつい、それは君も判るだろ。そんなに金が欲しいなら自ら働けだ。事情があって働けないなら生活保護もあるし、そもそも君のお父さんは公認会計士だろ、そんなに金には困ってないんじゃ」
「え?」
なぜ父の職業を、と思わず聞き返してしまった。
「あ、ごめんごめん、君の履歴書見た」
もちろん、尚登といえどもいつでも閲覧可能ではない、人事部を通し正式な手続きをして見せてもらったのだ。
陽葵はああと納得した、確かに両親の仕事欄にはそう書き込んだ──もっとも今もその仕事を続けているかは判らないが。
「でも、あの親ならやりかねないような、気がします……」
陽葵の記憶の中の両親は怖い存在だった。
「君に対する言動からはそうかもしれないが、現時点でミシェルなんかに通わせてるんだ、金に困ってるわけじゃないだろ、なのに妹さんが家を出たいから10万よこせなんて言うのは、単に手放したくないだけだ」
なるほど、と陽葵は理解した。やはり父の京助は、なにがなんでも史絵瑠をそばにおいて置きたいのだ。
「そんなの、ほっときゃい……」
「そんなわけには、いかないんです」
小さな声で反論していた、ようやく合点がいった。史絵瑠は父から逃げたいが、その父はなにがなんでも史絵瑠をそばに置いておきたい、それは自分の快楽のため──史絵瑠を救わねばならない。
「ありがとうございます、覚悟ができました。史絵瑠と暮らします」
「おいおい」
尚登は呆れて声を出す。
「いいんです、とりあえず一時《いっとき》の避難場所として来てもらいます。副社長の言う通りです、とりあえず卒業まで一緒に住んで、仕事が見つかったらひとり立ちしなさいと伝えます。仕送りの件で文句を言われたら、副社長の言葉をお借りします」
学生に10万もの仕送りを要求するなんておかしい、金が欲しいなら働けなどなどだ。
尚登は嫌がらせのように大きなため息を吐いた。
「またご両親にぶたれるかもしれないぞ、金なんて君にたかるかも」
確かにと陽葵は頷く。末吉商事で働いていると判れば間違いなくそうなるだろう、世界に名を轟かせる企業だ。しかし陽葵笑顔で返す。
「もうやられっぱなしの子どもじゃありません。なんとかやり返します」
背も今は継母よりも大きい、その分力もついただろう、殴り返したりはしないが押さえるくらいはできるだろうか。京助に辛く当たられるのは嫌だが。
消え入る声に、尚登は息を吐いてから応える。
「──それで君は、穏やかに幸せに暮らしていたってことだ」
「──はい」
膝の上に置いた拳をぎゅっと握りしめた、まさにその通りだ、平穏に暮らせていた。
「──なるほどね」
尚登は頷く、陽葵が義妹と暮らしたくない理由が理解できた。
その時ドアがノックされて次の料理が運ばれて来る、フカヒレの姿煮に陽葵は目を丸くした、初めて食べる代物だった。
「そういう事なら、やっぱりきっぱり断るべきだな。君はせっかく毒でしかない親から逃げられたのに、下手に情に流されれば、また関りを持たざる得なくなる、そうしたらまたひどい目に遭う可能性があるんだろ」
「──でも……っ、今、義妹も大変な目に遭ってるんです……!」
「大変な目?」
──余計なことを言ったと陽葵は慌てて顔を伏せ表情を読まれまいとした。目の前のせっかくのフカヒレも喉を通らなくなる。
尚登は言葉の端々から想像した。どこか影のある表情や仕草は、親の仕打ちに由来しているのだろう。そして義妹も大変な目に遭っているとはいうがすぐさま救い出す方向で動けないのは、その虐待に史絵瑠も加担していたから──その義妹がなぜ陽葵と暮らしたいというのか──手にしたスプーンをゆらゆらさせながら考えた──それは当人でなければ判らない、判らないなら聞くのが手っ取り早い。
「君が断れないなら、俺が断ってやるわ」
「……はい?」
陽葵はきょとんとして返事をする。
「俺としてはやっぱり家族との縁は切ったほうがいいように思うぜ。妹さんが家を出たいと言うなら、今4年生なら春には卒業だろ、就職なりをきっかけにひとり立ちを勧めたらいい」
「でも家を出て行くなら月10万円を仕送りしろと言われているそうです、そんな出費を負うなら、私と一緒に住んで家賃や生活費は折半にできたらありがたいと考えているようで」
「それって真面目に取り合う必要ある?」
はっきりとした物言いに、陽葵は息を呑んだ。
「親御さんは無職なの? 子供が高給取りだっていうならまだしも、まだ学生の子に10万もの仕送りを要求するなんてあたおかだろ」
確かにそれを払わないからといって連れ戻されるようなことはないだろうが。
「働いてたってきつい、それは君も判るだろ。そんなに金が欲しいなら自ら働けだ。事情があって働けないなら生活保護もあるし、そもそも君のお父さんは公認会計士だろ、そんなに金には困ってないんじゃ」
「え?」
なぜ父の職業を、と思わず聞き返してしまった。
「あ、ごめんごめん、君の履歴書見た」
もちろん、尚登といえどもいつでも閲覧可能ではない、人事部を通し正式な手続きをして見せてもらったのだ。
陽葵はああと納得した、確かに両親の仕事欄にはそう書き込んだ──もっとも今もその仕事を続けているかは判らないが。
「でも、あの親ならやりかねないような、気がします……」
陽葵の記憶の中の両親は怖い存在だった。
「君に対する言動からはそうかもしれないが、現時点でミシェルなんかに通わせてるんだ、金に困ってるわけじゃないだろ、なのに妹さんが家を出たいから10万よこせなんて言うのは、単に手放したくないだけだ」
なるほど、と陽葵は理解した。やはり父の京助は、なにがなんでも史絵瑠をそばにおいて置きたいのだ。
「そんなの、ほっときゃい……」
「そんなわけには、いかないんです」
小さな声で反論していた、ようやく合点がいった。史絵瑠は父から逃げたいが、その父はなにがなんでも史絵瑠をそばに置いておきたい、それは自分の快楽のため──史絵瑠を救わねばならない。
「ありがとうございます、覚悟ができました。史絵瑠と暮らします」
「おいおい」
尚登は呆れて声を出す。
「いいんです、とりあえず一時《いっとき》の避難場所として来てもらいます。副社長の言う通りです、とりあえず卒業まで一緒に住んで、仕事が見つかったらひとり立ちしなさいと伝えます。仕送りの件で文句を言われたら、副社長の言葉をお借りします」
学生に10万もの仕送りを要求するなんておかしい、金が欲しいなら働けなどなどだ。
尚登は嫌がらせのように大きなため息を吐いた。
「またご両親にぶたれるかもしれないぞ、金なんて君にたかるかも」
確かにと陽葵は頷く。末吉商事で働いていると判れば間違いなくそうなるだろう、世界に名を轟かせる企業だ。しかし陽葵笑顔で返す。
「もうやられっぱなしの子どもじゃありません。なんとかやり返します」
背も今は継母よりも大きい、その分力もついただろう、殴り返したりはしないが押さえるくらいはできるだろうか。京助に辛く当たられるのは嫌だが。