弊社の副社長に口説かれています
5.副社長、行動開始
翌朝、職場に出勤する。
「三宅さん、おはようございます」
既に座っていた三宅に声をかけると、三宅はすぐさま顔を向け嬉しそうな顔で挨拶を返す。
「おはよー! よかった、元気になってる!」
言われ、陽葵はきょとんと首を傾げる、三宅はうんうんと頷いた。
「ここ何日かお顔真っ白だったから、心配してたの! 週末にホテルのスイーツバイキングに誘おうかなって思ってたけど、もう大丈夫そう!」
「えっ、行きたいです、行きましょう!」
元気が有り余っていてもだ、以前から行きたいねと言っていたホテルのバイキングである。陽葵が力強く言うと三宅は微笑み、すぐに何時にするか、予約は入れるかなどと話していると朝礼を始めようと号令がかかった、9時の始業前に5分間ほど行われるものだ。他の部署も号令がかかり部長や課長を囲むように集まり出した時、いつもとは違うざわめきがしてきた。
なんだろうと思ったのはほとんど同時だったようだ、皆揃ってざわめきの発端を探し始める、陽葵と三宅もだ。経理部の部長がジャケットのボタンを留めながら大股で歩き出すのが視界の端に見えた、その姿を見送ればフロアの出入口に立つ人物が目に入る、誰よりも背が高い尚登がいた。なぜこんな朝も早くからこんなところに──当たり前のように女子社員たちが色めき立っている。社長の仁志も一緒だったのが余計に不思議だった。その場いる全員がほとんど同時に代表取締役の登場に気づいた、おはようございますという挨拶が波のように広がる。
陽葵と三宅も頭を下げて挨拶をした、距離など関係ない、言わないわけにいかないのだ。顔を上げた時、尚登がこちらを指さすのが見えた、何故そんな行為を──考えている間に社長が笑顔で両手を打ち鳴らし、嬉々とした様子で歩き出すのが見え何事かと思った。近くの社員がその歩みの邪魔しないよう道を開く、まるでモーゼが海を割るようだと陽葵はのんきに思う、途中経理部長が出迎えたが、いいからと言いたげに手を振りなおも歩き続ける。社長の後ろを尚登もついてきた、こちらはなんとも慈愛に満ちた穏やかな笑顔だ。社長は喜色満面の笑みで息も弾ませまっすぐ陽葵に向かい進んでくる──なぜなのか、陽葵は訳も分からず立ち尽くしていたが。
「あなたですか!」
あと五歩というところで社長が声を上げた、陽葵は社長に声を掛けられる意味も判らずあたふたするばかりである。
「尚登と結婚してくださるのは!」
言いながらさらに陽葵との距離を縮めた。
「はい!?」
覚えのない単語に陽葵は声を上げる、慌てて社長の背後に立つ尚登を見ればいたずら気味に目を細め自身の口の前に指を立てた。
「可愛らしいお嬢さんじゃないか! 隠しておくとは尚登も人が悪い、こんな方がいるならもっと早く紹介しなさい!」
意味がさっぱり判らず陽葵は首を横に振り尚登に助けを求めたが、尚登はニコニコと微笑むばかりだ。
「尚登たっての希望です、藤田さんは今日から秘書課への異動となります」
社長は笑顔のままとんでもないことを言った。
「ええ!?」
「異動の日付は来月になってしまいますが、今日から尚登の秘書として働いてください」
陽葵の動揺を無視して言葉を続ける。なぜそんなことになったのかも理解できず、なによりやっと慣れ、馴染んできた経理課を離れ、社内でも美男美女しか配属されないと誉れ高い部署に異動など、とんでもないことだった。
「ま、待ってください、秘書なんて無理です……!」
社長相手とは言え抵抗で声を上げると、社長は腕を組みうんうんと頷いた。
「そうだよねぇ、いきなりとは申し訳ない、うん、今すぐ辞表でもいいよ、受理は少し先になってしまうけど、残りは休暇取得でね~。あ、それならクビにしちゃったほうがいいかなあ、会社都合のほうが陽葵さんにはお得だし!」
会社都合のクビの場合は会社にペナルティもあり、本来なら避けたいところだ。だが失業給付もすぐに出るなど従業員側にメリットはある。しかしクビなど冗談じゃないと言葉にはせず涙目で陽葵が訴えると、
「社長、お言葉ですが」
颯爽と現れ声を上げたのは、経理課長の川口麗子だった。
「経理課も暇を持て余しているわけではありません、急に一人抜けられては」
「たった一人いなくなったくらいで回らなくなるような職場は問題ですね」
社長の後ろで成り行きを見ていた尚登が初めて口を開いた。
「休みを取るのも一苦労ですね、突然死なんかあった日には化けてでも出社しないと。うちはそんなにひどい職場だったんですか」
腕組みまでして言う尚登に、川口は完全に沈黙した──実際にそこまで人手がないわけではない。それが判ったのか三宅が自分が請け負うと手を上げた、それには陽葵は心の中で違うと訴えたい、引き留めて欲しいのに簡単に引き受けられてしまっては困るのだ。
「人員は各部署と相談して早急に補充しましょう」
社長がにこやかに宣言した、部長がペコペコと頭を下げているのは、陽葵の異動が受理されたという事か。
「陽葵、おいで」
尚登が優しい声で言う、陽葵は急で理不尽な異動に首を振り答えた。
「嫌で……っ」
尚登はすぐさま自身の口の前に指を立てた、それは多くの者からは死角になる。
「詳しい話は私の部屋でしよう。とにかくおいで」
行かない、と言う前に皆の視線が集中していることに気づき恥ずかしさを感じていると、尚登が陽葵の肩を抱いた。瞬間、ひゅ、と息を呑んだが、周囲の悲鳴のような声を聞いて吹き飛んだ。体が硬直しているのを感じながらも尚登に導かれるまま歩き出す。
「三宅さん、おはようございます」
既に座っていた三宅に声をかけると、三宅はすぐさま顔を向け嬉しそうな顔で挨拶を返す。
「おはよー! よかった、元気になってる!」
言われ、陽葵はきょとんと首を傾げる、三宅はうんうんと頷いた。
「ここ何日かお顔真っ白だったから、心配してたの! 週末にホテルのスイーツバイキングに誘おうかなって思ってたけど、もう大丈夫そう!」
「えっ、行きたいです、行きましょう!」
元気が有り余っていてもだ、以前から行きたいねと言っていたホテルのバイキングである。陽葵が力強く言うと三宅は微笑み、すぐに何時にするか、予約は入れるかなどと話していると朝礼を始めようと号令がかかった、9時の始業前に5分間ほど行われるものだ。他の部署も号令がかかり部長や課長を囲むように集まり出した時、いつもとは違うざわめきがしてきた。
なんだろうと思ったのはほとんど同時だったようだ、皆揃ってざわめきの発端を探し始める、陽葵と三宅もだ。経理部の部長がジャケットのボタンを留めながら大股で歩き出すのが視界の端に見えた、その姿を見送ればフロアの出入口に立つ人物が目に入る、誰よりも背が高い尚登がいた。なぜこんな朝も早くからこんなところに──当たり前のように女子社員たちが色めき立っている。社長の仁志も一緒だったのが余計に不思議だった。その場いる全員がほとんど同時に代表取締役の登場に気づいた、おはようございますという挨拶が波のように広がる。
陽葵と三宅も頭を下げて挨拶をした、距離など関係ない、言わないわけにいかないのだ。顔を上げた時、尚登がこちらを指さすのが見えた、何故そんな行為を──考えている間に社長が笑顔で両手を打ち鳴らし、嬉々とした様子で歩き出すのが見え何事かと思った。近くの社員がその歩みの邪魔しないよう道を開く、まるでモーゼが海を割るようだと陽葵はのんきに思う、途中経理部長が出迎えたが、いいからと言いたげに手を振りなおも歩き続ける。社長の後ろを尚登もついてきた、こちらはなんとも慈愛に満ちた穏やかな笑顔だ。社長は喜色満面の笑みで息も弾ませまっすぐ陽葵に向かい進んでくる──なぜなのか、陽葵は訳も分からず立ち尽くしていたが。
「あなたですか!」
あと五歩というところで社長が声を上げた、陽葵は社長に声を掛けられる意味も判らずあたふたするばかりである。
「尚登と結婚してくださるのは!」
言いながらさらに陽葵との距離を縮めた。
「はい!?」
覚えのない単語に陽葵は声を上げる、慌てて社長の背後に立つ尚登を見ればいたずら気味に目を細め自身の口の前に指を立てた。
「可愛らしいお嬢さんじゃないか! 隠しておくとは尚登も人が悪い、こんな方がいるならもっと早く紹介しなさい!」
意味がさっぱり判らず陽葵は首を横に振り尚登に助けを求めたが、尚登はニコニコと微笑むばかりだ。
「尚登たっての希望です、藤田さんは今日から秘書課への異動となります」
社長は笑顔のままとんでもないことを言った。
「ええ!?」
「異動の日付は来月になってしまいますが、今日から尚登の秘書として働いてください」
陽葵の動揺を無視して言葉を続ける。なぜそんなことになったのかも理解できず、なによりやっと慣れ、馴染んできた経理課を離れ、社内でも美男美女しか配属されないと誉れ高い部署に異動など、とんでもないことだった。
「ま、待ってください、秘書なんて無理です……!」
社長相手とは言え抵抗で声を上げると、社長は腕を組みうんうんと頷いた。
「そうだよねぇ、いきなりとは申し訳ない、うん、今すぐ辞表でもいいよ、受理は少し先になってしまうけど、残りは休暇取得でね~。あ、それならクビにしちゃったほうがいいかなあ、会社都合のほうが陽葵さんにはお得だし!」
会社都合のクビの場合は会社にペナルティもあり、本来なら避けたいところだ。だが失業給付もすぐに出るなど従業員側にメリットはある。しかしクビなど冗談じゃないと言葉にはせず涙目で陽葵が訴えると、
「社長、お言葉ですが」
颯爽と現れ声を上げたのは、経理課長の川口麗子だった。
「経理課も暇を持て余しているわけではありません、急に一人抜けられては」
「たった一人いなくなったくらいで回らなくなるような職場は問題ですね」
社長の後ろで成り行きを見ていた尚登が初めて口を開いた。
「休みを取るのも一苦労ですね、突然死なんかあった日には化けてでも出社しないと。うちはそんなにひどい職場だったんですか」
腕組みまでして言う尚登に、川口は完全に沈黙した──実際にそこまで人手がないわけではない。それが判ったのか三宅が自分が請け負うと手を上げた、それには陽葵は心の中で違うと訴えたい、引き留めて欲しいのに簡単に引き受けられてしまっては困るのだ。
「人員は各部署と相談して早急に補充しましょう」
社長がにこやかに宣言した、部長がペコペコと頭を下げているのは、陽葵の異動が受理されたという事か。
「陽葵、おいで」
尚登が優しい声で言う、陽葵は急で理不尽な異動に首を振り答えた。
「嫌で……っ」
尚登はすぐさま自身の口の前に指を立てた、それは多くの者からは死角になる。
「詳しい話は私の部屋でしよう。とにかくおいで」
行かない、と言う前に皆の視線が集中していることに気づき恥ずかしさを感じていると、尚登が陽葵の肩を抱いた。瞬間、ひゅ、と息を呑んだが、周囲の悲鳴のような声を聞いて吹き飛んだ。体が硬直しているのを感じながらも尚登に導かれるまま歩き出す。