弊社の副社長に口説かれています
社長が邪魔したなと声をかければ、多くのお疲れ様ですなどと言った元気な声が返ってきて送り出される。廊下を歩き出した時、始業を知らせるチャイムが鳴り響いた。
エレベーターに三人で乗り込み、尚登が30階のボタンを押す、陽葵には未知のエリアだ。社長と副社長ともエレベーターに乗ることすらありえない、状況に息が止まりそうになるが、尚登の手がようやく陽葵の肩から外れ、その際背中をそっと撫でられて呼吸が戻り安心した。
「まったく、尚登も話が急すぎるんだよ」
社長は嬉しそうに声を上げた。
「見て判るだろ、陽葵が乗り気じゃないからだ」
尚登は横柄に答える、そして二人の視線が注がれるのを感じる──笑顔を見せねばと思ったが、できるはずもない。様子を察した尚登が指の背を使い優しく陽葵の頬を撫でた、仲睦まじく見える動作に社長はうんうんと頷く。
「尚登が何度も見合いをしていて気分が悪かったですよね、すみませんでした」
社長が申し訳なさそうに言うが、陽葵は返答できない。尚登だけが腕を組みふんぞり返った、恋人がいなくても十分失礼な回数だったと言いたい。
「うんうん、やっぱり社長の妻なんていうのが嫌なんだよね。私の妻もこちらで秘書をしていたけど、やっぱり初めはなかなか首を縦に振らなかったなあ。でも大丈夫だよ、そんなに気負わなくてもいいんだ、社長の妻じゃない、あくまで尚登の妻なんだ、尚登を支えて欲しい」
そんなことを言われても、なんでそのような話になったのかが判らない。
「私……っ」
声を振り絞ったが、尚登が再び口の前に指を立てることで言葉を封じる、素直に応じてしまう自分を陽葵は呪った。
「いやあ、よかったよかった! これでやっと日曜日の心労から解放されるよ!」
「それはこっちのセリフだわ」
そんなことを言って二人で笑い出すが、陽葵はむしろ腹が立ってしまう。陽葵の心など知らずにエレベーターは軽快な音を立てて停止した、社長がドアを押して止め先に降りるよう促す、だがもちろん陽葵はそんなことは恐れ多いと歩み出せずにいたが尚登に押され先頭で降りてしまった。
後悔している間もない。
「んじゃ悪いけど、今日は、午前はゆっくりさせてもらう」
「ああ、午後にな」
二人は手を上げて挨拶をして別れ、それぞれの執務室に入っていく。
廊下すら下階とは違い幅も広く、絨毯が敷かれている、その廊下を歩き陽葵は導かれるままに副社長室に入った。正面に大きく立派な木製の机があり、その右側の壁に沿ってある本棚と並び置かれている机にいた男が椅子から立ち上がり、朝の挨拶と共に一礼した。
「秘書の山本さん」
紹介に山本は再度頭を下げたが、陽葵が何者かという疑問は隠せなかった。
「俺の嫁」
尚登はざっくりと説明する。
「違います!」
陽葵は即答で否定した、そんな様子に山本さんは一瞬は「ああ」と嬉しそうに微笑んだが、すぐにきょとんとしてしまう。
「とりあえずは状況説明からしようか。山本さん、悪ぃけど席外してもらっていい?」
山本ははいと言って自席の脇にあるドアを抜けいなくなった、そこは秘書の控室であり、更衣室や水屋を兼ねている部屋だ。
「まあ、座って」
そのドアが静かに閉まると、尚登は部屋の真ん中にある応接セットを指さし言う。マナーでは一人掛けのソファーが下座だ──そんなことを思いながらも、着席はせずに陽葵は話し出す。
「私、副社長と結婚なんてしません!」
「しょっぱなからそれかよ」
尚登は慣れた様子で長椅子に座りながら答える。
「まあ、それについては謝ろう。陽葵は乗り気じゃないって言い方はしたんだぜ。昨夜帰ってから気になってる子がいるなんて親に話したら、すっかりその気になっちまって、なんかもう面倒だからどうでもいいかって思って、本日に至る」
「どうでもいいって……っ!」
「だから言ってんだろ、陽葵は嫌がってるって話したんだよ。でも嬉しそうに盛り上がってるのに違うって言うのも嫌だったし、花嫁候補ってことになりゃもう見合いもしなくて済むし、いろいろありがたいじゃん」
ニコニコと嬉しそうに言う尚登に、陽葵は拳を握り訴える。
「ありがたくないです! なんで私なんですか!」
「単刀直入に言えば、俺が惚れたから」
「は!? 惚れ……!?」
勢いに任せて怒鳴ってしまい、はっとする。
(副社長が私に惚れるって……!?)
「初めて会った時、声を殺して泣いてる姿がいじらしくて、なんか俺が守ってやらねえとなって思ったんだよね」
東急線の車内だ、思わず抱き寄せていた。その時は無意識に思っただけだが、その後の事と次第で、あの時にはそう思っていたと確信した。
「それから朝会うたびに元気なくしていく陽葵見てなんとかしねえとと思って──そのへんはガチだからな」
だからこそのメッセージであり、食事を兼ねて話を聞こうと言ったのだ。
「で、昨夜、妹さんに付き合ってるってことにしたじゃん? いっそのこと本当にしちまえばいいんじゃねって思って」
「そのあたりの手順が間違えてます!」
冒頭の告白はありがたく感謝できたが、本当にしちまえばと言われれば、からかっているとしか思えない、告白もなくいきなり父親とやってきて「息子と結婚、ありがとう」はないだろう。
エレベーターに三人で乗り込み、尚登が30階のボタンを押す、陽葵には未知のエリアだ。社長と副社長ともエレベーターに乗ることすらありえない、状況に息が止まりそうになるが、尚登の手がようやく陽葵の肩から外れ、その際背中をそっと撫でられて呼吸が戻り安心した。
「まったく、尚登も話が急すぎるんだよ」
社長は嬉しそうに声を上げた。
「見て判るだろ、陽葵が乗り気じゃないからだ」
尚登は横柄に答える、そして二人の視線が注がれるのを感じる──笑顔を見せねばと思ったが、できるはずもない。様子を察した尚登が指の背を使い優しく陽葵の頬を撫でた、仲睦まじく見える動作に社長はうんうんと頷く。
「尚登が何度も見合いをしていて気分が悪かったですよね、すみませんでした」
社長が申し訳なさそうに言うが、陽葵は返答できない。尚登だけが腕を組みふんぞり返った、恋人がいなくても十分失礼な回数だったと言いたい。
「うんうん、やっぱり社長の妻なんていうのが嫌なんだよね。私の妻もこちらで秘書をしていたけど、やっぱり初めはなかなか首を縦に振らなかったなあ。でも大丈夫だよ、そんなに気負わなくてもいいんだ、社長の妻じゃない、あくまで尚登の妻なんだ、尚登を支えて欲しい」
そんなことを言われても、なんでそのような話になったのかが判らない。
「私……っ」
声を振り絞ったが、尚登が再び口の前に指を立てることで言葉を封じる、素直に応じてしまう自分を陽葵は呪った。
「いやあ、よかったよかった! これでやっと日曜日の心労から解放されるよ!」
「それはこっちのセリフだわ」
そんなことを言って二人で笑い出すが、陽葵はむしろ腹が立ってしまう。陽葵の心など知らずにエレベーターは軽快な音を立てて停止した、社長がドアを押して止め先に降りるよう促す、だがもちろん陽葵はそんなことは恐れ多いと歩み出せずにいたが尚登に押され先頭で降りてしまった。
後悔している間もない。
「んじゃ悪いけど、今日は、午前はゆっくりさせてもらう」
「ああ、午後にな」
二人は手を上げて挨拶をして別れ、それぞれの執務室に入っていく。
廊下すら下階とは違い幅も広く、絨毯が敷かれている、その廊下を歩き陽葵は導かれるままに副社長室に入った。正面に大きく立派な木製の机があり、その右側の壁に沿ってある本棚と並び置かれている机にいた男が椅子から立ち上がり、朝の挨拶と共に一礼した。
「秘書の山本さん」
紹介に山本は再度頭を下げたが、陽葵が何者かという疑問は隠せなかった。
「俺の嫁」
尚登はざっくりと説明する。
「違います!」
陽葵は即答で否定した、そんな様子に山本さんは一瞬は「ああ」と嬉しそうに微笑んだが、すぐにきょとんとしてしまう。
「とりあえずは状況説明からしようか。山本さん、悪ぃけど席外してもらっていい?」
山本ははいと言って自席の脇にあるドアを抜けいなくなった、そこは秘書の控室であり、更衣室や水屋を兼ねている部屋だ。
「まあ、座って」
そのドアが静かに閉まると、尚登は部屋の真ん中にある応接セットを指さし言う。マナーでは一人掛けのソファーが下座だ──そんなことを思いながらも、着席はせずに陽葵は話し出す。
「私、副社長と結婚なんてしません!」
「しょっぱなからそれかよ」
尚登は慣れた様子で長椅子に座りながら答える。
「まあ、それについては謝ろう。陽葵は乗り気じゃないって言い方はしたんだぜ。昨夜帰ってから気になってる子がいるなんて親に話したら、すっかりその気になっちまって、なんかもう面倒だからどうでもいいかって思って、本日に至る」
「どうでもいいって……っ!」
「だから言ってんだろ、陽葵は嫌がってるって話したんだよ。でも嬉しそうに盛り上がってるのに違うって言うのも嫌だったし、花嫁候補ってことになりゃもう見合いもしなくて済むし、いろいろありがたいじゃん」
ニコニコと嬉しそうに言う尚登に、陽葵は拳を握り訴える。
「ありがたくないです! なんで私なんですか!」
「単刀直入に言えば、俺が惚れたから」
「は!? 惚れ……!?」
勢いに任せて怒鳴ってしまい、はっとする。
(副社長が私に惚れるって……!?)
「初めて会った時、声を殺して泣いてる姿がいじらしくて、なんか俺が守ってやらねえとなって思ったんだよね」
東急線の車内だ、思わず抱き寄せていた。その時は無意識に思っただけだが、その後の事と次第で、あの時にはそう思っていたと確信した。
「それから朝会うたびに元気なくしていく陽葵見てなんとかしねえとと思って──そのへんはガチだからな」
だからこそのメッセージであり、食事を兼ねて話を聞こうと言ったのだ。
「で、昨夜、妹さんに付き合ってるってことにしたじゃん? いっそのこと本当にしちまえばいいんじゃねって思って」
「そのあたりの手順が間違えてます!」
冒頭の告白はありがたく感謝できたが、本当にしちまえばと言われれば、からかっているとしか思えない、告白もなくいきなり父親とやってきて「息子と結婚、ありがとう」はないだろう。