弊社の副社長に口説かれています
「少しくらい相談する時間はいくらでもあったじゃないですか!」
今日一日ずっと一緒にいたのだ。
「言ったら嫌がるだろ」
「判ってるなら……!」
「俺は陽葵と1分でも1秒でも長く一緒にいたいからじゃん」
「私は思ってません!」
「バカ正直だな、傷つくわ」
石巻が「尚登さま」と諫めた。
「──少々お話が違うようですが」
陽葵の家には度々出入りしており、同棲はいつからでもと話していた。
「だから、陽葵は交際を隠しておきたいんだって言ってんだろ」
尚登は笑顔ながら、乱暴に答える。
「こっちの方が会社にも近くて便利だし」
「それが本音ですか!」
「うん」
「本当に……!」
ふざけないでと怒鳴る前に、石巻が声を上げる。
「尚登さま、あまりデリカシーがない行いをなさると振られますよ」
尚登はにやりと笑って答える。
「振られるのは辛いなぁ」
言って陽葵に「な?」と首を傾け同意を求める、そんな少年のような瞳と仕草に陽葵は抵抗の言葉を忘れてしまった。
「ああ、その荷物は陽葵が持ってきて」
石巻が持っていたスーツケースを指さす。
「重さもございます、お部屋までわたくしがお届けいたします」
石巻は言うが、
「ここは陽葵の部屋だし、近づいてほしくない」
尚登が厳しい声で言えば石巻はすぐさま「はい」と答え、スーツケースを陽葵のそばに置いた。思わずそれにすぐ手をかけてしまい、陽葵は愚かだと唇を噛む。
「ではわたくしはこちらで失礼いたします」
深々と頭を下げた、尚登は「ああ」と答え、陽葵も頭を下げると石巻は踵を返して帰っていく。
「荷物、重い」
早くドアを開けてくれと尚登が訴えれば、陽葵は慌てて集中ロックを外す。確かに尚登の肩にかかるボストンバッグはパンパンだ、それを担ぎ直し開いた自動ドアから尚登は揚々と入って行く。
「え、あの、副社長……っ」
尚登はエレベーターの場所を知っている、勝手知ったるその場所へまっすぐ向かい上行きのボタンを押す、嬉しそうな様子が伺え、陽葵は人の気も知らないでと気が滅入る。
「心配すんなよ」
陽葵の表情を読み取った尚登は言う。
「陽葵がその気になるまで、絶対手出しはしない」
「当たり前だし、そういう問題じゃないです」
自分は交際を認めていない、なのに何故一緒に住まなくてはならないのか。
「妹さんに一緒に住んでるって言っちまった手前、それは実行したほうがいいだろ」
そんな声だけは真面目に発する。
「ずっとスマホの電源落としとくわけにもいかないんじゃね?」
確かに、と思ってしまう。そんなに頻繁に連絡があるわけではなく、なくても困らない道具だとは思うが。
「妹さんにビクビクして暮らしてらんねぇし、陽葵にとって悪い条件じゃないと思うんですけどね?」
その通りだなどと納得してしまった時、エレベーターが1階に到着した。既に拒絶の気持ちは弱くなっていた、先に乗り込む尚登に続いて乗り尚登がボタンを押して待つ様子にはっと気づく。
「え、あ、すみません……っ」
慌てて操作パネルの前に割り込む、開け閉めは秘書の仕事だ、よりによって副社長にやってもらってしまうとは。
「別に俺は気にしねえよ、プライベートはもちろん、仕事上でも」
今日一日そばにいて、それは十分理解できたが、それでもである。
「まあ、他人の目がある時はそういうわけにはいかねえんだろうな」
陽葵は大いに頷いた、秘書課の落合など烈火のごとく怒ることだろう。
尚登は何も聞かずに7階のボタンを押していた、それも会社のデータベースにあった情報だ。
「とはいえ、カノジョだ嫁だってことになったんだから、もうちょいフランクでもいいんじゃね?」
「そんなの、無理ですよ……」
陽葵にとって尚登は副社長でしかない、副社長など雲上人だ、その尚登の恋人役など、自分には力不足もいいところである。
「まあ少しずつ慣れて欲しいもんだね、俺というより人間ってもんにさ」
言われて驚いた、陽葵が人付き合いが苦手だと判っている──思わず見上げれば尚登はにこりと微笑み応える、笑顔が眩しく感じ陽葵は慌てて目を反らしていた。
エレベーターを降りると両サイドにドアが並ぶ廊下を歩き、右手2番目のドア、東側、702号室が陽葵の部屋だ。
玄関の錠を外しドアを開け尚登をいざなった。玄関を入ればすぐにリビングとなる、間仕切りに長い暖簾をかけているため狭く感じる玄関に尚登は足を踏み入れる。
「お邪魔しまーす」
尚登は言って革靴を脱いだ。
「スリッパもなく、すみません」
一人暮らしではスリッパなどなくても事足りる。
「別に、気にしねぇー。お、意外と広いじゃん」
暖簾を捲った尚登が声を上げる、約15畳ある、もっともワンルームだ。
「えー、こんなとこ、家賃もお高―んじゃねえの?」
「意外と、意外となんです」
この立地と広さで8万円は破格だと思う、築年数がいっているためだ。陽葵の給料で払えない額ではなく、会社にも近いなら文句はなかった。
「にしても殺風景だな」
室内を見回した尚登は笑う、目立つ大型な家具はベッドくらいだ。タンスや机はなく、テレビは壁掛けである。食器も造り付けの棚で足りていた。書き物やパソコンはダイニングキッチンにある二人掛けの小さなダイニングテーブルで事足りている。
「ベッドはシングルだけかぁ、一緒に寝るには狭いな。明日買いに行くか」
「はい……?」
「今日だけは一緒に寝ような」
「はい!?」
副社長と一緒に──陽葵は青ざめた。
「無理です! 副社長はホテルに……! そうです、わざわざ一緒に住まなくても、近くにホテルがあるじゃないですか!」
老舗の四つ星ホテルもあれば、場所柄リーズナブルなビジネスホテルまでよりどりみどりである。
「えーじゃあ陽葵も一緒に行こうぜー」
「嫌です! なんでですかっ、めんどくさいですっ」
「面倒って言うな」
一番は外泊のための準備だ。ここならばでも手が届く距離にありなにも困らないのに、なぜわざわざ近くのホテルに外泊などせねばならぬのか。
今日一日ずっと一緒にいたのだ。
「言ったら嫌がるだろ」
「判ってるなら……!」
「俺は陽葵と1分でも1秒でも長く一緒にいたいからじゃん」
「私は思ってません!」
「バカ正直だな、傷つくわ」
石巻が「尚登さま」と諫めた。
「──少々お話が違うようですが」
陽葵の家には度々出入りしており、同棲はいつからでもと話していた。
「だから、陽葵は交際を隠しておきたいんだって言ってんだろ」
尚登は笑顔ながら、乱暴に答える。
「こっちの方が会社にも近くて便利だし」
「それが本音ですか!」
「うん」
「本当に……!」
ふざけないでと怒鳴る前に、石巻が声を上げる。
「尚登さま、あまりデリカシーがない行いをなさると振られますよ」
尚登はにやりと笑って答える。
「振られるのは辛いなぁ」
言って陽葵に「な?」と首を傾け同意を求める、そんな少年のような瞳と仕草に陽葵は抵抗の言葉を忘れてしまった。
「ああ、その荷物は陽葵が持ってきて」
石巻が持っていたスーツケースを指さす。
「重さもございます、お部屋までわたくしがお届けいたします」
石巻は言うが、
「ここは陽葵の部屋だし、近づいてほしくない」
尚登が厳しい声で言えば石巻はすぐさま「はい」と答え、スーツケースを陽葵のそばに置いた。思わずそれにすぐ手をかけてしまい、陽葵は愚かだと唇を噛む。
「ではわたくしはこちらで失礼いたします」
深々と頭を下げた、尚登は「ああ」と答え、陽葵も頭を下げると石巻は踵を返して帰っていく。
「荷物、重い」
早くドアを開けてくれと尚登が訴えれば、陽葵は慌てて集中ロックを外す。確かに尚登の肩にかかるボストンバッグはパンパンだ、それを担ぎ直し開いた自動ドアから尚登は揚々と入って行く。
「え、あの、副社長……っ」
尚登はエレベーターの場所を知っている、勝手知ったるその場所へまっすぐ向かい上行きのボタンを押す、嬉しそうな様子が伺え、陽葵は人の気も知らないでと気が滅入る。
「心配すんなよ」
陽葵の表情を読み取った尚登は言う。
「陽葵がその気になるまで、絶対手出しはしない」
「当たり前だし、そういう問題じゃないです」
自分は交際を認めていない、なのに何故一緒に住まなくてはならないのか。
「妹さんに一緒に住んでるって言っちまった手前、それは実行したほうがいいだろ」
そんな声だけは真面目に発する。
「ずっとスマホの電源落としとくわけにもいかないんじゃね?」
確かに、と思ってしまう。そんなに頻繁に連絡があるわけではなく、なくても困らない道具だとは思うが。
「妹さんにビクビクして暮らしてらんねぇし、陽葵にとって悪い条件じゃないと思うんですけどね?」
その通りだなどと納得してしまった時、エレベーターが1階に到着した。既に拒絶の気持ちは弱くなっていた、先に乗り込む尚登に続いて乗り尚登がボタンを押して待つ様子にはっと気づく。
「え、あ、すみません……っ」
慌てて操作パネルの前に割り込む、開け閉めは秘書の仕事だ、よりによって副社長にやってもらってしまうとは。
「別に俺は気にしねえよ、プライベートはもちろん、仕事上でも」
今日一日そばにいて、それは十分理解できたが、それでもである。
「まあ、他人の目がある時はそういうわけにはいかねえんだろうな」
陽葵は大いに頷いた、秘書課の落合など烈火のごとく怒ることだろう。
尚登は何も聞かずに7階のボタンを押していた、それも会社のデータベースにあった情報だ。
「とはいえ、カノジョだ嫁だってことになったんだから、もうちょいフランクでもいいんじゃね?」
「そんなの、無理ですよ……」
陽葵にとって尚登は副社長でしかない、副社長など雲上人だ、その尚登の恋人役など、自分には力不足もいいところである。
「まあ少しずつ慣れて欲しいもんだね、俺というより人間ってもんにさ」
言われて驚いた、陽葵が人付き合いが苦手だと判っている──思わず見上げれば尚登はにこりと微笑み応える、笑顔が眩しく感じ陽葵は慌てて目を反らしていた。
エレベーターを降りると両サイドにドアが並ぶ廊下を歩き、右手2番目のドア、東側、702号室が陽葵の部屋だ。
玄関の錠を外しドアを開け尚登をいざなった。玄関を入ればすぐにリビングとなる、間仕切りに長い暖簾をかけているため狭く感じる玄関に尚登は足を踏み入れる。
「お邪魔しまーす」
尚登は言って革靴を脱いだ。
「スリッパもなく、すみません」
一人暮らしではスリッパなどなくても事足りる。
「別に、気にしねぇー。お、意外と広いじゃん」
暖簾を捲った尚登が声を上げる、約15畳ある、もっともワンルームだ。
「えー、こんなとこ、家賃もお高―んじゃねえの?」
「意外と、意外となんです」
この立地と広さで8万円は破格だと思う、築年数がいっているためだ。陽葵の給料で払えない額ではなく、会社にも近いなら文句はなかった。
「にしても殺風景だな」
室内を見回した尚登は笑う、目立つ大型な家具はベッドくらいだ。タンスや机はなく、テレビは壁掛けである。食器も造り付けの棚で足りていた。書き物やパソコンはダイニングキッチンにある二人掛けの小さなダイニングテーブルで事足りている。
「ベッドはシングルだけかぁ、一緒に寝るには狭いな。明日買いに行くか」
「はい……?」
「今日だけは一緒に寝ような」
「はい!?」
副社長と一緒に──陽葵は青ざめた。
「無理です! 副社長はホテルに……! そうです、わざわざ一緒に住まなくても、近くにホテルがあるじゃないですか!」
老舗の四つ星ホテルもあれば、場所柄リーズナブルなビジネスホテルまでよりどりみどりである。
「えーじゃあ陽葵も一緒に行こうぜー」
「嫌です! なんでですかっ、めんどくさいですっ」
「面倒って言うな」
一番は外泊のための準備だ。ここならばでも手が届く距離にありなにも困らないのに、なぜわざわざ近くのホテルに外泊などせねばならぬのか。