弊社の副社長に口説かれています
「同棲してるってことにしないといけないのに、俺だけホテルってのはおかしいだろ。金かけてまで……あ、もちろん生活費はお支払いしますんで」
尚登は腰を低くし、手を揉みながら言った。
「副社長にもそんな価値観があったんですね」
「無礼な。金は大事よ」
「じゃあわざわざベッドは買わずに、ご自宅にお戻りくださいっ」
「早速陽葵に追い出されたなんて恥ずかしいじゃん。ああ、実家で使ってたのをこっちに送ってもらうか。そしたら陽葵に追い出されずに済むし、でもそうしたら一晩じゃ済まねえよ?」
にこりと微笑み言う尚登の言葉に、陽葵は拳を握り締めた。届くまで何日かかるのか、それまで一緒のベッドなど──そんな陽葵の表情を読んだ尚登は嬉しそうに頷き提案する。
「んじゃ、明日一緒に買いに行こうな」
「え、あ、明日は……」
明日とキーワードで思い出した、朝礼の前に三宅と出かける話をしていたのだ。朝話したきりだ、流れてしまっただろうか──。
「予定があんのか?」
「ええ、スイーツバイキングに行こうと……」
「へえ、いいな。俺も行く」
「嫌です」
「即答かよ」
言うが尚登は笑顔だ。
「そもそも、ちゃんと話は詰めていなかったので、行くかどうか……」
なにか連絡は来ているだろうか、陽葵は慌ててスマートフォンの電源を入れたが起動までにはしばらくかかる。
「あ、なあ、スーツくらいクローゼット借りていいか」
皴がついては困るものだ、陽葵はどうぞと言って造り付けのそれを開いた、中を見た尚登は笑う。
「本当に物がねえな」
ありがたいことに1間半もある大きさのクローゼットだ、しかしその半分も埋まってはいない、プラ製のタンスもそこに収めてある。
「物欲はないかもしれません」
服にも雑貨にもときめくことはなかった。今でこそ末吉商事に入社し金は潤沢になったが、大学まで寮生活だったせいだろうか、金を遣おうという方向へは動かないようだ。
「タンスは少し整理すればひとつくらい引き出しが空くと思います」
「おお、助かるー。飯はどうするー? そこそこいい時間になっちまったから、外にでも行くか。食材もいきなり二人分は無理だろ」
「はい」
冷蔵庫にはそれなりに食材は入っているが、二人分ではなにが作れるだろうか。夜の分は足りても明日の朝が困るかもしれないならば外食に行き買い物を少ししたほうが良いかもしれない──と考え、はっとする。
(待って! 私、副社長が住むことを容認している!)
「下に蕎麦屋あったな、そこでいいか。少し行けばファミレスもあったよな。中華街に元町も徒歩圏だしそこまで行ってもいい……って、マジですげーとこ住んでんなあ」
「ええ、まあ……」
しかし陽葵は通り抜けたことがある程度で、買い物はおろか飲食などしたことはない。スマートフォンがやっと起動した、通信アプリにたくさんの着信が付いているのを見て、一瞬どきりとする──ここ最近は史絵瑠からの連絡が多かったからだ。おそるおそる開けば、幸い半分ほどは三宅からで残りは企業からなどプロモーションだ、史絵瑠からは来ておらずホッとした。
【もう! やっぱ副社長となんかあったんじゃーん!】
そんなメッセージにため息が出た、なにもないと大きな声で言いたい。
【陽葵ちゃんいなくなっちゃって淋しいよぉ】【陽葵ちゃんは今ラブラブの真っ最中だと思うと余計に腹が立つぅ!】
漫画のキャラクターが怒っているスタンプも送られている、ラブラブなどではない。
【陽葵ちゃんが手の届かない人になってしまった】
ウサギが泣くスタンプが添えられていた。
【明日のスイーツバイキングは諦めるよ~】
今の今まで忘れていたとはいえ、行きたいという気持ちが高まってくる。
「あの、副社長、明日はスイーツバイキングに……」
行ってもいいかと声をかけようとすれば、尚登はクローゼットにしまう手を止め肩越しに振り返り、微笑みながら答えた。
「うん。俺も一緒なら行ってもよし」
それは絶対に嫌だと言葉にはしなかったが、はっきりと来ないでと伝えてもついてくるだろうと妙な確信があった。少し時間を置いて、尚登の気持ちが落ち着いてからにしようと結論付ける。
【返信遅くなりました】
ダイニングテーブルに座りメッセージを打ち込む。
【電源を落としてそのままでしたので、気づくのが遅くなりました】【スイーツバイキング、すごく行きたいんですけど、少し落ち着いてからでもいいですか?】【絶対行きたいので、忘れないでください!】
よろしくお願いします、というスタンプと共に送った。
その返信が来たのは山下公園近くのファミレスで食事をしている時だった、幸いにも「都合がいい時に是非行こう」と書かれていたが、余分な文章もついてきた。
【その時には副社長もご同席でね!】【馴れ初めとか、いろいろ聞きたいもーん!】【あの調子じゃ副社長がべた惚れって感じだもんね!】【きゃあ!】【副社長か、いいなあ!】【むっは! 会うの、楽しみー!】
ハートや笑顔の絵文字たっぷりの文章に、むしろ尚登に会うのが目当てではなかろうかと思えてくる。馴れ初めなどない──会うなら尚登抜きで会わなくてはと心に誓った。
尚登は腰を低くし、手を揉みながら言った。
「副社長にもそんな価値観があったんですね」
「無礼な。金は大事よ」
「じゃあわざわざベッドは買わずに、ご自宅にお戻りくださいっ」
「早速陽葵に追い出されたなんて恥ずかしいじゃん。ああ、実家で使ってたのをこっちに送ってもらうか。そしたら陽葵に追い出されずに済むし、でもそうしたら一晩じゃ済まねえよ?」
にこりと微笑み言う尚登の言葉に、陽葵は拳を握り締めた。届くまで何日かかるのか、それまで一緒のベッドなど──そんな陽葵の表情を読んだ尚登は嬉しそうに頷き提案する。
「んじゃ、明日一緒に買いに行こうな」
「え、あ、明日は……」
明日とキーワードで思い出した、朝礼の前に三宅と出かける話をしていたのだ。朝話したきりだ、流れてしまっただろうか──。
「予定があんのか?」
「ええ、スイーツバイキングに行こうと……」
「へえ、いいな。俺も行く」
「嫌です」
「即答かよ」
言うが尚登は笑顔だ。
「そもそも、ちゃんと話は詰めていなかったので、行くかどうか……」
なにか連絡は来ているだろうか、陽葵は慌ててスマートフォンの電源を入れたが起動までにはしばらくかかる。
「あ、なあ、スーツくらいクローゼット借りていいか」
皴がついては困るものだ、陽葵はどうぞと言って造り付けのそれを開いた、中を見た尚登は笑う。
「本当に物がねえな」
ありがたいことに1間半もある大きさのクローゼットだ、しかしその半分も埋まってはいない、プラ製のタンスもそこに収めてある。
「物欲はないかもしれません」
服にも雑貨にもときめくことはなかった。今でこそ末吉商事に入社し金は潤沢になったが、大学まで寮生活だったせいだろうか、金を遣おうという方向へは動かないようだ。
「タンスは少し整理すればひとつくらい引き出しが空くと思います」
「おお、助かるー。飯はどうするー? そこそこいい時間になっちまったから、外にでも行くか。食材もいきなり二人分は無理だろ」
「はい」
冷蔵庫にはそれなりに食材は入っているが、二人分ではなにが作れるだろうか。夜の分は足りても明日の朝が困るかもしれないならば外食に行き買い物を少ししたほうが良いかもしれない──と考え、はっとする。
(待って! 私、副社長が住むことを容認している!)
「下に蕎麦屋あったな、そこでいいか。少し行けばファミレスもあったよな。中華街に元町も徒歩圏だしそこまで行ってもいい……って、マジですげーとこ住んでんなあ」
「ええ、まあ……」
しかし陽葵は通り抜けたことがある程度で、買い物はおろか飲食などしたことはない。スマートフォンがやっと起動した、通信アプリにたくさんの着信が付いているのを見て、一瞬どきりとする──ここ最近は史絵瑠からの連絡が多かったからだ。おそるおそる開けば、幸い半分ほどは三宅からで残りは企業からなどプロモーションだ、史絵瑠からは来ておらずホッとした。
【もう! やっぱ副社長となんかあったんじゃーん!】
そんなメッセージにため息が出た、なにもないと大きな声で言いたい。
【陽葵ちゃんいなくなっちゃって淋しいよぉ】【陽葵ちゃんは今ラブラブの真っ最中だと思うと余計に腹が立つぅ!】
漫画のキャラクターが怒っているスタンプも送られている、ラブラブなどではない。
【陽葵ちゃんが手の届かない人になってしまった】
ウサギが泣くスタンプが添えられていた。
【明日のスイーツバイキングは諦めるよ~】
今の今まで忘れていたとはいえ、行きたいという気持ちが高まってくる。
「あの、副社長、明日はスイーツバイキングに……」
行ってもいいかと声をかけようとすれば、尚登はクローゼットにしまう手を止め肩越しに振り返り、微笑みながら答えた。
「うん。俺も一緒なら行ってもよし」
それは絶対に嫌だと言葉にはしなかったが、はっきりと来ないでと伝えてもついてくるだろうと妙な確信があった。少し時間を置いて、尚登の気持ちが落ち着いてからにしようと結論付ける。
【返信遅くなりました】
ダイニングテーブルに座りメッセージを打ち込む。
【電源を落としてそのままでしたので、気づくのが遅くなりました】【スイーツバイキング、すごく行きたいんですけど、少し落ち着いてからでもいいですか?】【絶対行きたいので、忘れないでください!】
よろしくお願いします、というスタンプと共に送った。
その返信が来たのは山下公園近くのファミレスで食事をしている時だった、幸いにも「都合がいい時に是非行こう」と書かれていたが、余分な文章もついてきた。
【その時には副社長もご同席でね!】【馴れ初めとか、いろいろ聞きたいもーん!】【あの調子じゃ副社長がべた惚れって感じだもんね!】【きゃあ!】【副社長か、いいなあ!】【むっは! 会うの、楽しみー!】
ハートや笑顔の絵文字たっぷりの文章に、むしろ尚登に会うのが目当てではなかろうかと思えてくる。馴れ初めなどない──会うなら尚登抜きで会わなくてはと心に誓った。