弊社の副社長に口説かれています
「んじゃ会社辞めるか?」
そればかりはとても嬉しそうにスマートフォンから顔を上げて言った、陽葵は唇を尖らせて答える。
「……辞めてもいいですけど、副……尚登くんと結婚はしないので、ちゃんと再就職のあっせんはしてください」
「おう。俺んとこに永久就職な」
本末転倒なことを滅茶苦茶笑顔で言われ、陽葵は遠慮なくため息を吐いた。
「……じゃあ、自分で探します」
「マジ、ガード強ぇなあ」
ガードなどではない、自分は一人でいるのが心地よい。
「だいたい……っ! 私は副……尚登くんを存じ上げてますが、尚登くんは私なんか知りませんよね? なのに簡単に結婚相手に選んでいいんですかっ?」
懸命に訴えれば尚登は「うーん?」などと言って首を傾げ、陽葵の覗き込むように見る。
「俺を知ってるったって、俺がどこに住んでるかも知らなかったのに?」
「そ、そういうことでなくてですねっ」
どれほどの人数が、社長一族の現住所を知っているというのだ。
「私は入社から尚登くんを認識してましたけど、尚登くんが私を認識したのは日曜日じゃないですか」
「あの日が運命の出会いって事だろ。少なくとも俺が陽葵を好きになったのは本当だからな」
好きなどとあっさりと言われ、陽葵の頬に朱が上る。
「陽葵が俺を知っている以上に、陽葵のことを知ってるけどね。藤田陽葵さん、川崎出身、東大出の才媛、24歳、生まれは7月15日、夏生まれだから向日葵なのかね。英検、漢検、簿記、FASS検定など資格多数」
それ履歴書にも書かれていたことだが、FASS検定は入社してから取得したものであり、つまり履歴書以上のデータが社内にはあるのだと陽葵には判った。
「陽葵は俺の誕生日知ってんの?」
聞かれ陽葵は焦る、そんな話は聞いたことがない。
「6月20日、覚えとけよ」
自分のほぼひと月前だと変に感動し、慌ててそんな感情を追い出す。
「……お祝いしたくても、その頃にはお別れしてますね」
憎まれ口を叩けば、尚登はにこりと微笑む。
「陽葵の誕生日だって絶対祝ってやるからな」
誕生日のお祝いかと思い陽葵は寂しさを感じる。家族とケーキを囲い祝ったのは実の母がいた時だけだ、幸せな記憶はあまりに遠すぎる。
「ともあれ1年はお試し期間だし、ギブアンドテイクだって言っただろ」
「試用期間はひと月だと申し上げました」
「それも陽葵に好きな人ができればだろ。でも出会いなんか作ってやんねえよ?」
くっ、陽葵は握りこぶしを作る、なぜそんなことが自信満々に簡単に言えるのか──そうだと思いつく。
「好きな人は、もういるかもしれないって思わないんですか?」
「いないね」
意地の悪い笑みで尚登は即答する。
「──なんでですか?」
その自信はどこからくるというのか、陽葵は不機嫌に聞いていた。
「こんなこと言ったら嫌な気するだろうけど、ああ、だから他の人には言うなよ。まあそこそこの規模の企業はどこもやってると思うけどな。うちは入社する人間の素性やら身辺調査はしている。犯罪歴や思想、交友関係などなど、家族も2親等まで、場合によっては3親等まで調べるんだ。それには交際相手も含まれる、いずれ家族になるかもしれないし、家族よりも影響が大きい場合も多々ある」
2親等は兄弟や祖父母だ、3親等は叔父叔母、姪、甥となる、時には近しい関係だ。
「うちもそれなりの大企業だ」
それなりなどという謙遜の必要はないと陽葵は思うが、黙って頷いた。
そればかりはとても嬉しそうにスマートフォンから顔を上げて言った、陽葵は唇を尖らせて答える。
「……辞めてもいいですけど、副……尚登くんと結婚はしないので、ちゃんと再就職のあっせんはしてください」
「おう。俺んとこに永久就職な」
本末転倒なことを滅茶苦茶笑顔で言われ、陽葵は遠慮なくため息を吐いた。
「……じゃあ、自分で探します」
「マジ、ガード強ぇなあ」
ガードなどではない、自分は一人でいるのが心地よい。
「だいたい……っ! 私は副……尚登くんを存じ上げてますが、尚登くんは私なんか知りませんよね? なのに簡単に結婚相手に選んでいいんですかっ?」
懸命に訴えれば尚登は「うーん?」などと言って首を傾げ、陽葵の覗き込むように見る。
「俺を知ってるったって、俺がどこに住んでるかも知らなかったのに?」
「そ、そういうことでなくてですねっ」
どれほどの人数が、社長一族の現住所を知っているというのだ。
「私は入社から尚登くんを認識してましたけど、尚登くんが私を認識したのは日曜日じゃないですか」
「あの日が運命の出会いって事だろ。少なくとも俺が陽葵を好きになったのは本当だからな」
好きなどとあっさりと言われ、陽葵の頬に朱が上る。
「陽葵が俺を知っている以上に、陽葵のことを知ってるけどね。藤田陽葵さん、川崎出身、東大出の才媛、24歳、生まれは7月15日、夏生まれだから向日葵なのかね。英検、漢検、簿記、FASS検定など資格多数」
それ履歴書にも書かれていたことだが、FASS検定は入社してから取得したものであり、つまり履歴書以上のデータが社内にはあるのだと陽葵には判った。
「陽葵は俺の誕生日知ってんの?」
聞かれ陽葵は焦る、そんな話は聞いたことがない。
「6月20日、覚えとけよ」
自分のほぼひと月前だと変に感動し、慌ててそんな感情を追い出す。
「……お祝いしたくても、その頃にはお別れしてますね」
憎まれ口を叩けば、尚登はにこりと微笑む。
「陽葵の誕生日だって絶対祝ってやるからな」
誕生日のお祝いかと思い陽葵は寂しさを感じる。家族とケーキを囲い祝ったのは実の母がいた時だけだ、幸せな記憶はあまりに遠すぎる。
「ともあれ1年はお試し期間だし、ギブアンドテイクだって言っただろ」
「試用期間はひと月だと申し上げました」
「それも陽葵に好きな人ができればだろ。でも出会いなんか作ってやんねえよ?」
くっ、陽葵は握りこぶしを作る、なぜそんなことが自信満々に簡単に言えるのか──そうだと思いつく。
「好きな人は、もういるかもしれないって思わないんですか?」
「いないね」
意地の悪い笑みで尚登は即答する。
「──なんでですか?」
その自信はどこからくるというのか、陽葵は不機嫌に聞いていた。
「こんなこと言ったら嫌な気するだろうけど、ああ、だから他の人には言うなよ。まあそこそこの規模の企業はどこもやってると思うけどな。うちは入社する人間の素性やら身辺調査はしている。犯罪歴や思想、交友関係などなど、家族も2親等まで、場合によっては3親等まで調べるんだ。それには交際相手も含まれる、いずれ家族になるかもしれないし、家族よりも影響が大きい場合も多々ある」
2親等は兄弟や祖父母だ、3親等は叔父叔母、姪、甥となる、時には近しい関係だ。
「うちもそれなりの大企業だ」
それなりなどという謙遜の必要はないと陽葵は思うが、黙って頷いた。