弊社の副社長に口説かれています
「な、仲いいですねぇ……いつの間に?」
三宅は呆れたように言う。
「陽葵が入社したころから目をつけてました」
尚登はなんとも嬉しそうに嘘をつく、三宅さえもそんな馬鹿なと冷たく「へえ」と返した。
「あ、すみません、お名前を確認し忘れてました」
尚登に聞かれ、三宅はそれはそれは嬉しそうに微笑み、真っ赤になる頬を両手で包みながら叫ぶ。
「三宅さくらと申しますぅ!!!」
自己紹介を羨ましいと思った女性は一人や二人ではない、自分も個別認識してほしいと思うがここで名乗りを上げるわけにもいかない。
「さくらさんか、陽葵といい、花の名前はかわいくていいですね」
褒められ三宅は鼻息も荒くいえいえそんなこと謙遜した。陽葵は感心していた、確かに葵という文字は入っているが、向日葵を意識した名だと話したのを覚えているのだろう。
「そうそう、陽葵とスイーツバイキングに行くって聞いてます。俺も一緒にって言うのに、陽葵がダメっていうんです」
「えっ!?」
尚登の苦情に陽葵と三宅の声が重なる、もちろんトーンも表情も全く違うものだ。
「それは……!」
尚登と一緒には行きたくないとは言えず、陽葵はぐっと言葉を飲み込む。
「副社長もご一緒だなんて光栄です! 私はいつでも暇です!」
三宅は目をハートマークにして叫んだ。
「だってさ、陽葵。いつにする?」
嬉しそうに言う尚登を陽葵は睨みつけた、周囲を巻き込むなと言いたい。
そしてエレベーターが到着する。副社長たる尚登に先に乗ってくれと人々が左右にどき、尚登も陽葵の手を引いて遠慮なく乗り込んだ。陽葵はなんとも居心地が悪い──自分は恋人であることも婚約者であることも仮なのに──だが尚登は気にもせず陽葵をカゴの隅に追いやり、その隣に立った。
経理部がある20階に着くまで三宅はチラチラと陽葵たちを盗み見る、どうせならしっかり見ればいいと開き直った気持ちと、隠れるものなら隠れたい気持ちに陽葵は苛まれた。隠れるならば尚登の背中だろうか──尚登は自分の目の前に立って欲しいと思いながらもそんなお願いもできずずっと俯いていた。
ようやく20階に到着し三宅が降りる、その直前小さな声で手まで添えて言った。
「今夜、連絡するからね」
スイーツバイキングの相談だろうか、行かないよと即答したいのを我慢し、曖昧に微笑み三宅と別れた。
「──だいたい、なお……副社長は、甘いものなんか食べるんですか?」
恨みを込めて上目遣いに見ながら小さな声で聞けば、尚登は嬉しそうに微笑んだ。
「おう、好き好き、大好き。生クリームてんこもりのハワイアンパンケーキなんて大好物」
へえと陽葵は呟いていた、人は見かけによらないものだが、確かに昨日行ったプラネタリウムで、同じ階にある星空のコンセプトにしたカフェでは甘そうなドーナツ頼んでいた、もっともビールも一緒だった、その組み合わせはいいのかと思ったがおいしそうに食べていたのは好きだからだろう。
そしてそんな尚登の嗜好を、まだエレベーター内に残る女性社員たちが心の辞書に刻んでいることなど、知る由もなかった。
☆
昼食は商談の帰り道に外で寄り道することになった、仕事帰りのため社長たる尚登の父・仁志も一緒だった。山本と社長付きの二人の秘書も一緒で陽葵は必要以上に緊張した、いっそのこと山本たちが別室だというなら一緒に行こうと思ったのに──。
「陽葵さんは、尚登のどんなところが好きになったのかなあ」
仁志がなんとも嬉しそうに聞いてくるが、陽葵に恋愛感情はない、回答に困っていると。
「本人目の前にド直球な質問だな」
尚登が笑ってはぐらかした。
「副社長はおモテになりますから、今更どこをなんて聞かなくても『全部』くらいの答えしかないかもしれませんし」
山本も遠慮なく言えば、仁志はうんうんと頷いた。これまでの見合い相手たちもせめてお付き合いくらい、いやもう一度会うくらいと皆に食い下がられた、昨日会うはずだった者にもせっかく時間を空けておりましたのにと言われたが、なんとか言い含めたほどだ。
「むしろ副社長に藤田さんの好きなところをお聞きになったらよいのではないでしょうか」
にこやかだが意地が悪い質問に、え、と声を上げたのは陽葵だ。
「そういえば、気になる子がいるくらいにしか聞いていなかったな」
仁志は身を乗り出すようにして言った。陽葵は本当にそういう話しかしていなかったのだと判り、尚登を許す気持ちになった。しかしなぜその程度で自分が嫁候補にならなければならないのか、尚登もそれほど結婚を急ぐ年齢でもない様に思うが。
「好きなとこねぇ」
尚登はテーブルに頬杖をつき考え始める。
「まあぶっちゃけ一目惚れと言って終わりなんだが」
にこりと微笑んでから語り出す、陽葵は早くも頬が熱くなるのを感じた。
「なんつうか物憂げで弱々しいから、俺が守ってやらねえとって思ったし」
それには陽葵はうんと頷いていた、目黒駅のホームで出会った時は確かにそう見えたことだろう。
「そのくせ意地っ張りで不器用で、もっと俺を頼ればいいのに頑なに拒むところが他の女にはなくてよかったし」
意地っ張りか、と陽葵は変に納得した。確かに九州へ行った時から一人で生きていかねばと思ったのだ、強くならねばと思ったような気がする。
「逃げると追いたくなる心理かね、絶対逃がさねえって思ったんだよな」
そんな言葉にはムッとする、弊社の副社長など自分には絶対無理だと視線で知らせる。
「まあそんなところも含めて、とにかく全部かわいいってとこだな」
とびきりの笑みで言われ、陽葵は急に恥ずかしくなる。自分のことを客観的に言われたことがない上、なにやらお世辞めいた内容だった、まるで公開処刑を受けた気分だ。
息子の惚気に仁志はご満悦に微笑んでいる、いつ知り合い、どこまで関係が進んだかなど関係ない。尚登が陽葵を理解し、愛していると判った。
三宅は呆れたように言う。
「陽葵が入社したころから目をつけてました」
尚登はなんとも嬉しそうに嘘をつく、三宅さえもそんな馬鹿なと冷たく「へえ」と返した。
「あ、すみません、お名前を確認し忘れてました」
尚登に聞かれ、三宅はそれはそれは嬉しそうに微笑み、真っ赤になる頬を両手で包みながら叫ぶ。
「三宅さくらと申しますぅ!!!」
自己紹介を羨ましいと思った女性は一人や二人ではない、自分も個別認識してほしいと思うがここで名乗りを上げるわけにもいかない。
「さくらさんか、陽葵といい、花の名前はかわいくていいですね」
褒められ三宅は鼻息も荒くいえいえそんなこと謙遜した。陽葵は感心していた、確かに葵という文字は入っているが、向日葵を意識した名だと話したのを覚えているのだろう。
「そうそう、陽葵とスイーツバイキングに行くって聞いてます。俺も一緒にって言うのに、陽葵がダメっていうんです」
「えっ!?」
尚登の苦情に陽葵と三宅の声が重なる、もちろんトーンも表情も全く違うものだ。
「それは……!」
尚登と一緒には行きたくないとは言えず、陽葵はぐっと言葉を飲み込む。
「副社長もご一緒だなんて光栄です! 私はいつでも暇です!」
三宅は目をハートマークにして叫んだ。
「だってさ、陽葵。いつにする?」
嬉しそうに言う尚登を陽葵は睨みつけた、周囲を巻き込むなと言いたい。
そしてエレベーターが到着する。副社長たる尚登に先に乗ってくれと人々が左右にどき、尚登も陽葵の手を引いて遠慮なく乗り込んだ。陽葵はなんとも居心地が悪い──自分は恋人であることも婚約者であることも仮なのに──だが尚登は気にもせず陽葵をカゴの隅に追いやり、その隣に立った。
経理部がある20階に着くまで三宅はチラチラと陽葵たちを盗み見る、どうせならしっかり見ればいいと開き直った気持ちと、隠れるものなら隠れたい気持ちに陽葵は苛まれた。隠れるならば尚登の背中だろうか──尚登は自分の目の前に立って欲しいと思いながらもそんなお願いもできずずっと俯いていた。
ようやく20階に到着し三宅が降りる、その直前小さな声で手まで添えて言った。
「今夜、連絡するからね」
スイーツバイキングの相談だろうか、行かないよと即答したいのを我慢し、曖昧に微笑み三宅と別れた。
「──だいたい、なお……副社長は、甘いものなんか食べるんですか?」
恨みを込めて上目遣いに見ながら小さな声で聞けば、尚登は嬉しそうに微笑んだ。
「おう、好き好き、大好き。生クリームてんこもりのハワイアンパンケーキなんて大好物」
へえと陽葵は呟いていた、人は見かけによらないものだが、確かに昨日行ったプラネタリウムで、同じ階にある星空のコンセプトにしたカフェでは甘そうなドーナツ頼んでいた、もっともビールも一緒だった、その組み合わせはいいのかと思ったがおいしそうに食べていたのは好きだからだろう。
そしてそんな尚登の嗜好を、まだエレベーター内に残る女性社員たちが心の辞書に刻んでいることなど、知る由もなかった。
☆
昼食は商談の帰り道に外で寄り道することになった、仕事帰りのため社長たる尚登の父・仁志も一緒だった。山本と社長付きの二人の秘書も一緒で陽葵は必要以上に緊張した、いっそのこと山本たちが別室だというなら一緒に行こうと思ったのに──。
「陽葵さんは、尚登のどんなところが好きになったのかなあ」
仁志がなんとも嬉しそうに聞いてくるが、陽葵に恋愛感情はない、回答に困っていると。
「本人目の前にド直球な質問だな」
尚登が笑ってはぐらかした。
「副社長はおモテになりますから、今更どこをなんて聞かなくても『全部』くらいの答えしかないかもしれませんし」
山本も遠慮なく言えば、仁志はうんうんと頷いた。これまでの見合い相手たちもせめてお付き合いくらい、いやもう一度会うくらいと皆に食い下がられた、昨日会うはずだった者にもせっかく時間を空けておりましたのにと言われたが、なんとか言い含めたほどだ。
「むしろ副社長に藤田さんの好きなところをお聞きになったらよいのではないでしょうか」
にこやかだが意地が悪い質問に、え、と声を上げたのは陽葵だ。
「そういえば、気になる子がいるくらいにしか聞いていなかったな」
仁志は身を乗り出すようにして言った。陽葵は本当にそういう話しかしていなかったのだと判り、尚登を許す気持ちになった。しかしなぜその程度で自分が嫁候補にならなければならないのか、尚登もそれほど結婚を急ぐ年齢でもない様に思うが。
「好きなとこねぇ」
尚登はテーブルに頬杖をつき考え始める。
「まあぶっちゃけ一目惚れと言って終わりなんだが」
にこりと微笑んでから語り出す、陽葵は早くも頬が熱くなるのを感じた。
「なんつうか物憂げで弱々しいから、俺が守ってやらねえとって思ったし」
それには陽葵はうんと頷いていた、目黒駅のホームで出会った時は確かにそう見えたことだろう。
「そのくせ意地っ張りで不器用で、もっと俺を頼ればいいのに頑なに拒むところが他の女にはなくてよかったし」
意地っ張りか、と陽葵は変に納得した。確かに九州へ行った時から一人で生きていかねばと思ったのだ、強くならねばと思ったような気がする。
「逃げると追いたくなる心理かね、絶対逃がさねえって思ったんだよな」
そんな言葉にはムッとする、弊社の副社長など自分には絶対無理だと視線で知らせる。
「まあそんなところも含めて、とにかく全部かわいいってとこだな」
とびきりの笑みで言われ、陽葵は急に恥ずかしくなる。自分のことを客観的に言われたことがない上、なにやらお世辞めいた内容だった、まるで公開処刑を受けた気分だ。
息子の惚気に仁志はご満悦に微笑んでいる、いつ知り合い、どこまで関係が進んだかなど関係ない。尚登が陽葵を理解し、愛していると判った。