弊社の副社長に口説かれています
「リマちゃんのお姉さん? あんまり似てないね?」
それはそうだろう自分たちは戸籍上の姉妹だ、それよりも『リマ』という呼称が気になった、史絵瑠のアカウント名だが、陽葵が知る由もない。
「そうなのよ、私はママ似で、姉はパパ似なの! ね? お姉ちゃん!」
確かに双方の連れ子だ、その言い方は正しいだろう。それよりも嬉しそうな様子に陽葵は気分が悪くなった、陽葵が受けてきた仕打ちを知らぬような物言いだ──そんなことはないはずがないのに、陽葵がいなくてせいせいすると笑っていたのに。
「ああ、こんなところで会えるなんて!」
「久しぶりって?」
男が粘着質な声で聞いていた。
「姉は地方の中高一貫校に行ってしまったの!」
追い出されるように通わされたのだと言いたくても言えない、陽葵はわずかに唇を噛み締める。
「帰ってくるのは冬休みくらいでね、しかも卒業したら音信不通になってしまって!」
そんな言葉には安堵した、どこの大学へ行ったかは知らないようだ。
「今は? 大学は卒業した頃よね? こっちに帰ってきたの? OLしてるの?」
立て続けの質問でプライベートを探られたような気がして嫌な気持ちになった、史絵瑠に些細なことでも伝える気にはなれない。
「ええ──あなたは、大学生?」
質問には答えずに質問返しをした、史絵瑠は満面の笑みで答える。
「うん! 聖ミシェルよ!」
史絵瑠は自慢げに胸を叩いた、中学受験をした中高一貫校からの内部進学だ──陽葵は遠く九州の学校に進学したのに、史絵瑠は都内のお嬢様学校と名高い政財界御用達の学校とは、両親の愛情の重さの違いだろうか。
「そっか、すごいわね……じゃ、私、急ぐから」
もう帰宅するだけでなにも急いでなどいないが、それくらいの嘘は許してほしかった。
「えー、待って待って! もっとお話ししたい! 積もる話もあるじゃない!」
そんなものは、ない──そう叫びたくても喉の奥につかえた。
「僕は構わないよ、一緒に来てもらったら?」
男は史絵瑠を抱きしめ髪にキスをしながら言う、陽葵はますます史絵瑠に会いたくない気持ちに陥る。
「ええー、でもぉ」
史絵瑠は下目使いに男を見て、なんとも甘えた声を出す──悪寒が走った。これ以上この二人のそばにはいたくはない──。
「ごめん、用があるから」
歩き出そうとした腕を史絵瑠に掴まれた。
「じゃあ、日を改めて! お願い、話したいことがあるのよ!」
私からはないと断る前に史絵瑠は言葉を続ける。
「相談したいことがあるの、連絡先、教えて!」
相談という言葉に揺れてしまう、人が好過ぎると思いながらも嫌だとは言えずにスマートフォンを出し、通信アプリの連絡先を交換していた。
「……でも、私も忙しいから予定が合うかどうか……」
会うことはできないと先制した。
「ん、判った、直接会えなくても電話でもいいし。今度連絡するね!」
うん、と言う返事はとても小さくなってしまう。どうか史絵瑠が忘れて連絡などしてきませんようにと心の奥底で祈った、そのくせ相談とはなにかと気にもなってしまう──自分の気の弱さに嫌気がさし小さく頭を振った、実家とは関わりたくないと何年も過ごしてきたのに──。
史絵瑠の嬉しそうな別れの言葉を聞きながら改札を抜けた、ふらふらとしたままホームへ上がり倒れ込むようにホームのベンチに腰かけた。
なぜこんなところで義妹に会ってしまうのか、よりにものよって連絡先を教えてしまうなど──親には言わないで伝えればよかったと後悔した、今すぐメッセージを送ろうか、しかし、こちらからささやかでもアクションは起こしたくない。万が一親から連絡が来てしまったらブロックをしてしまえばいい──いや、あれだけ冷遇していた親から連絡などないだろう、いやしかし、飛行機代が云々と言っていたような親だ、もしかしたら働き始めたならお前にかけた金を返せくらい言ってくるかもしれない。奨学金の返済もある、それに加えては少々無理かもしれない。そもそも史絵瑠の相談とは何なのだろう、義妹から相談を受けるようなことはないと思うが、長く会っていなかった義理の姉である自分に解決できるようなことなのだろうか。
負の考えがずっと脳内に渦巻いていた、素敵な美術館巡りで気持ちよく帰宅できると思ったのに、史絵瑠に会うなど飛んだ誤算だ。やはり首都圏に戻ってきたのは間違いだった、末吉商事は全国展開だ、地方への転勤の希望を出そう、海外への出向だってある、いや、今すぐ辞めて遠い場所に引っ越しをしてしまったほうがいいかもしれない──ネガティブな思考が頭の中をぐるぐると周り、腹の中はぐじゃぐじゃになる感覚があった、気持ちが悪い、どうしよう、どうしようも──。
「大丈夫ですか?」
男性に声をかけられ、陽葵は自分がかなり危機的な状況にあることに気が付いた。ホームのベンチに座り、頭は膝の上にあった、はた目から見れば嘔吐でもしそうに見えるだろう。
「あ、すみません、大丈夫で──」
顔を上げた瞬間、息を呑む。
「ふ、副社長……っ!?」
見間違うはずがない、社内きっての美形で見る者を虜にする存在、創業者一族で次を担うことを約束された副社長、高見沢尚登《たかみざわ・なおと》だ。スレンダーな体を仕立てがいいと判るスーツで包み込んだ高見沢副社長は、おっと言う顔になり陽葵を見る。
それはそうだろう自分たちは戸籍上の姉妹だ、それよりも『リマ』という呼称が気になった、史絵瑠のアカウント名だが、陽葵が知る由もない。
「そうなのよ、私はママ似で、姉はパパ似なの! ね? お姉ちゃん!」
確かに双方の連れ子だ、その言い方は正しいだろう。それよりも嬉しそうな様子に陽葵は気分が悪くなった、陽葵が受けてきた仕打ちを知らぬような物言いだ──そんなことはないはずがないのに、陽葵がいなくてせいせいすると笑っていたのに。
「ああ、こんなところで会えるなんて!」
「久しぶりって?」
男が粘着質な声で聞いていた。
「姉は地方の中高一貫校に行ってしまったの!」
追い出されるように通わされたのだと言いたくても言えない、陽葵はわずかに唇を噛み締める。
「帰ってくるのは冬休みくらいでね、しかも卒業したら音信不通になってしまって!」
そんな言葉には安堵した、どこの大学へ行ったかは知らないようだ。
「今は? 大学は卒業した頃よね? こっちに帰ってきたの? OLしてるの?」
立て続けの質問でプライベートを探られたような気がして嫌な気持ちになった、史絵瑠に些細なことでも伝える気にはなれない。
「ええ──あなたは、大学生?」
質問には答えずに質問返しをした、史絵瑠は満面の笑みで答える。
「うん! 聖ミシェルよ!」
史絵瑠は自慢げに胸を叩いた、中学受験をした中高一貫校からの内部進学だ──陽葵は遠く九州の学校に進学したのに、史絵瑠は都内のお嬢様学校と名高い政財界御用達の学校とは、両親の愛情の重さの違いだろうか。
「そっか、すごいわね……じゃ、私、急ぐから」
もう帰宅するだけでなにも急いでなどいないが、それくらいの嘘は許してほしかった。
「えー、待って待って! もっとお話ししたい! 積もる話もあるじゃない!」
そんなものは、ない──そう叫びたくても喉の奥につかえた。
「僕は構わないよ、一緒に来てもらったら?」
男は史絵瑠を抱きしめ髪にキスをしながら言う、陽葵はますます史絵瑠に会いたくない気持ちに陥る。
「ええー、でもぉ」
史絵瑠は下目使いに男を見て、なんとも甘えた声を出す──悪寒が走った。これ以上この二人のそばにはいたくはない──。
「ごめん、用があるから」
歩き出そうとした腕を史絵瑠に掴まれた。
「じゃあ、日を改めて! お願い、話したいことがあるのよ!」
私からはないと断る前に史絵瑠は言葉を続ける。
「相談したいことがあるの、連絡先、教えて!」
相談という言葉に揺れてしまう、人が好過ぎると思いながらも嫌だとは言えずにスマートフォンを出し、通信アプリの連絡先を交換していた。
「……でも、私も忙しいから予定が合うかどうか……」
会うことはできないと先制した。
「ん、判った、直接会えなくても電話でもいいし。今度連絡するね!」
うん、と言う返事はとても小さくなってしまう。どうか史絵瑠が忘れて連絡などしてきませんようにと心の奥底で祈った、そのくせ相談とはなにかと気にもなってしまう──自分の気の弱さに嫌気がさし小さく頭を振った、実家とは関わりたくないと何年も過ごしてきたのに──。
史絵瑠の嬉しそうな別れの言葉を聞きながら改札を抜けた、ふらふらとしたままホームへ上がり倒れ込むようにホームのベンチに腰かけた。
なぜこんなところで義妹に会ってしまうのか、よりにものよって連絡先を教えてしまうなど──親には言わないで伝えればよかったと後悔した、今すぐメッセージを送ろうか、しかし、こちらからささやかでもアクションは起こしたくない。万が一親から連絡が来てしまったらブロックをしてしまえばいい──いや、あれだけ冷遇していた親から連絡などないだろう、いやしかし、飛行機代が云々と言っていたような親だ、もしかしたら働き始めたならお前にかけた金を返せくらい言ってくるかもしれない。奨学金の返済もある、それに加えては少々無理かもしれない。そもそも史絵瑠の相談とは何なのだろう、義妹から相談を受けるようなことはないと思うが、長く会っていなかった義理の姉である自分に解決できるようなことなのだろうか。
負の考えがずっと脳内に渦巻いていた、素敵な美術館巡りで気持ちよく帰宅できると思ったのに、史絵瑠に会うなど飛んだ誤算だ。やはり首都圏に戻ってきたのは間違いだった、末吉商事は全国展開だ、地方への転勤の希望を出そう、海外への出向だってある、いや、今すぐ辞めて遠い場所に引っ越しをしてしまったほうがいいかもしれない──ネガティブな思考が頭の中をぐるぐると周り、腹の中はぐじゃぐじゃになる感覚があった、気持ちが悪い、どうしよう、どうしようも──。
「大丈夫ですか?」
男性に声をかけられ、陽葵は自分がかなり危機的な状況にあることに気が付いた。ホームのベンチに座り、頭は膝の上にあった、はた目から見れば嘔吐でもしそうに見えるだろう。
「あ、すみません、大丈夫で──」
顔を上げた瞬間、息を呑む。
「ふ、副社長……っ!?」
見間違うはずがない、社内きっての美形で見る者を虜にする存在、創業者一族で次を担うことを約束された副社長、高見沢尚登《たかみざわ・なおと》だ。スレンダーな体を仕立てがいいと判るスーツで包み込んだ高見沢副社長は、おっと言う顔になり陽葵を見る。